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金融バブルに浮かれた人と、財政破綻した国――それぞれの不幸

金融バブルに浮かれた人と、財政破綻した国――それぞれの不幸

文:藤沢 数希 (ブログ『金融日記』主宰)

『ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる』 (マイケル・ルイス 著/東江一紀 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

 本書は、住宅ローンが組み込まれた金融商品をCDSを使って空売りすることにより大儲けしたヘッジファンドが、今度は日本とフランスの国債のCDSを買っている(つまり国債のデフォルトに賭けている)ところから幕を開ける。次は、いよいよ国家の破綻に賭けるというわけだ。実際に、欧州の小国は次々と事実上の国家破綻を経験している。国ごと丸々ヘッジファンドになり、世界中のボロ資産を買いあさり、世界同時金融危機で海の藻屑のようにはじけ飛んでしまった漁師の国、アイスランド。公務員が民間企業の3倍の給料を貰い、ユーロ加盟の条件を満たすために、外資系投資銀行に多額の手数料を払い込み、なんと国の財務諸表を「粉飾」していたギリシャ。外国から膨大な資金を借り入れ、不動産融資に狂った伝統ある銀行と共に、国ごと破綻したアイルランド……。そして、こういった破綻した欧州の国々を支えるのは、勤勉で、財政規律を守っていたドイツの納税者だ。なぜなら、これらの破綻国家の国債をたんまり抱え込んでいるのはドイツの銀行であり、救済しなければドイツの納税者はドイツの金融システムの崩壊により、莫大な損失を被るからである。いわばドイツの納税者は喉に刃を突きつけられている状況で、そういった問題国家を救済しないという選択肢は、事実上ないのである。

 ところで一部のヘッジファンドや投資銀行のトレーダーに途方もない利益をもたらした、CDOのCDSの売り手、つまりデフォルトのリスクを引き受けていたのは誰なのだろうか? 本書を読めば、それはドイツの地方銀行だとわかる。つまり、あのひとりで1兆円を稼いだヘッジファンドの利益は、ドイツの地方銀行の損失だったのだ。このように一部の金融業界に莫大な利益をもたらし、ユーロ危機を瀬戸際で食い止め、欧州発のグローバル経済の大破局を回避するのに必死で貢献しているドイツの勤勉な納税者に、我々はもっと感謝するべきなのかもしれない。少なくとも、経済が好調なときは多額のボーナスを受け取り、国家の生命維持装置なしでは生きられなくなっても依然として高い給料を受け取っている、大銀行の経営者は、ドイツの納税者に多少なりとも感謝したほうがいいだろう。

 本書では、ルイス氏が、ギリシャ、アイスランド、アイルランドなどの破綻した国々を訪れ、そこで首相、財務官僚、金融関係者、そして多くの市民にインタビューをし、財政破綻の真相を探求していく。日本で暮らし世界のニュースを見ていると、欧州の問題国家として一括りに扱われていた国々が、実はそれぞれに全く違う事情があり、全く違う思惑で金融バブルにのめり込んでいったことがわかる。そして、バブルに浮かれた人々の様子や、破綻した後の人々の暮らしぶりも、各国の文化的背景の違いから、まったく異なるものになっている。ルイス氏のあの辛辣な皮肉を織りまぜながら、欧州の二級国家へと転がり落ちたこれらの国の国民の暮らしぶりが、生々しく描かれていく。財政破綻した国は、いずれも“それぞれ”に不幸なのだ。本書は、ブーメランのように返ってきた金融危機の余波で破綻しつつあるアメリカの自治体の話で幕を閉じる。

 さて、この原稿を書いている2014年7月の時点では、どうやら日本国債のCDSを買っていたヘッジファンドは、ずっと損失を垂れ流し続けてきたようだ。アベノミクスが好調で、日本国債の金利は、史上最低の辺りに張り付いている。あるいは、住宅ローン市場の崩壊やユーロ危機が起こるなどと多くの人々が信じていなかった、バブルのピークの2007年頃と同じような状況なのだろうか。幸いにも、ルイス氏の次の作品は、『ブーメラン』の続編として、対GDP比で200%にも達する政府債務を抱える日本の財政破綻について書かれるわけではなく、現在の金融市場を席巻している、コンピュータを使った超高速取引について、になった。この『フラッシュボーイズ』の日本語訳も2014年10月に刊行されるとのことで、楽しみである。

文春文庫
ブーメラン
欧州から恐慌が返ってくる
マイケル・ルイス 東江一紀 藤沢数希

定価:726円(税込)発売日:2014年09月02日

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