『家康、江戸を建てる』が直木賞の候補となった門井慶喜さんが今作で描いたのは坂本龍馬の妻、おりょうだ。
「おりょうさんのような天衣無縫の魅力を持った人物は、幕末はおろか、近代に入ってもいないと思います。おりょうさん自身の聞き書きを読んでみると、明らかなほら話も多いし、大酒飲みだし、龍馬を龍馬とも思っていないし、拳銃ぶっ放して『面白かったですよ』と言っている。でもいくら嘘の自慢話をしていても、嫌味がなく、あっけらかんとしているんです」
おりょうの生まれは裕福な医者の家だった。しかし、安政の大獄をきっかけに父が死去し、一家は困窮する。美人だったおりょうは稼ぎ頭として京都・七条新地の料理屋で仲居を始めた。そして龍馬に好かれ、求婚される。
「おりょうは喜怒哀楽の激しい人なんです。まあ退屈はしない(笑)。龍馬はそんなところが気に入ったんでしょう。そのうえ、おりょうと出会ったころの龍馬は大切な同志に死なれ事業にも失敗して弱っていた。おりょうはエネルギーを持て余していますから『世話のやける弟』のような龍馬が気になって面倒を見るつもりで結婚しました」
しかし歴史の流れはおりょうの予想を超える。龍馬は亀山社中を設立し、薩長同盟の立役者になり、偉大な志士となっていくのだ。「龍馬は自分がいなくても生きていける」と気が付いたとき、おりょうは己の在り方に悩む。
「しょせん土佐脱藩の浪士に過ぎなかった龍馬が、自分のもとに帰ってくるたびに器が大きくなっている。おりょうも亀山社中の志士から『あねさん』なんて担がれて、幕末の政局と対峙させられる。さすがの彼女でも一歩引かざるを得なかった場面があるでしょう。だからこそ、龍馬の死後、おりょうさんは本来の輝きを取り戻すんですね」
その明治編こそが、“門井版おりょう”の真骨頂だ。一般には、龍馬の死後おりょうは零落し、貧しいなか66年の生涯を閉じたとされている。
「この最終章は一番執筆に苦労しました。資料を読み込み、『明治のおりょう』像をつかもうとしましたが、なかなかつかめない。そこでおりょうの再婚相手、西村松兵衛という人物に注目しました。松兵衛との結婚生活は約30年、龍馬より何倍も長く生活を共にした人物ですから、おりょうが惚れただけの魅力が必ずあると思ったんです。おりょうの明治は、余生ではないんです」
おりょうの苦悩、そして龍馬の死後のおりょうの姿は、実際に本書を読んで確かめてほしい。そして、この本を読み通したとき、誰もが誇り高いおりょうのとりこになっているだろう。
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