- 2016.05.30
- 書評
前サザビーズジャパン社長がきびきび語る本物のオークションの舞台裏。ヤフオクにはない逸話の連続!
文:門井 慶喜
『巨大アートビジネスの裏側 誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか』 (石坂泰章 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
絵画というのは文化の香り高い芸術品でありながら、俗臭フンプンたる売りものでもある。
売りものである以上、さまざまな人の思惑がからむ。ムンクの代表作「叫び」が史上最高の九十六億円で落札されたという短いニュースの背後には、たとえばこんな人たちの、牙を研(と)ぐような本音が滾(たぎ)っているのだ。
・買い手はもちろん「少しでも安く」。
・売り手はもちろん「少しでも高く」。
・買い手の代理人である画商等は、じつは高くてもかまわない。手数料収入のため「とにかく自分が落札を」。
・CNN等の報道陣は「史上最高額よ出ろ。話題になれ」。
そうしてオークションを主催する競売会社サザビーズの役員は、ほかの何より「平穏無事に」が本音かもしれない。何しろこの会場には超VIPがあつまるのだ。
画商も、金融界の大物も、レオナルド・ディカプリオも来ることがある。テロには敏感であらざるを得ない。爆弾探知のため全社員を一時ビルから退去させたのは、ほかならぬこのムンク「叫び」のオークションの日なのである。
しかしこの『巨大アートビジネスの裏側』を読んでもっとも印象にのこったのは、オークショニア(競売人)の心理だった。
オークショニアは、いわば司会者のようなものか。演壇にたったひとりで立ち、千人の客を相手にして作品の説明をし、入札額を告げ、ハンマーをたたく。その本音はもちろん「値を吊り上げたい」だろう。彼もサザビーズの一員なのだ。しかしこういうオークションはそれ自体が一種の舞台公演。客を楽しませる義務もある。
「どう、もう一声? みんなに競ってもらうのが私の仕事なんだよ」
もうひと押しするオークショニアの言葉に会場から笑いが起こり、その先はステファンとチャーリーの一騎打ちとなった。
「九六ミリオン、九七ミリオン、チャーリー。ステファン、相手側のビッド。さあ、もう一声いってみよう」
オークショニアは、腕で交互に二人を指す。その際カメラがシャッターを切りやすいように、指したまま動作を一瞬静止する。
「九九ミリオン、チャーリー」
(引用者注、単位はドル)
してみるとオークショニアとは単なる司会者などではなく、エンターテイナーというより役者であらねばならない。厳粛と即興の二刀流。百万ドルきざみで上昇していく落札額にびびっている暇はないのだった。
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