
- 2003.09.20
- インタビュー・対談
〈ロング対談〉新世紀本格の最前線 笠井潔×歌野晶午
「本の話」編集部
『葉桜の季節に君を想うということ』 (歌野晶午 著)
出典 : #本の話
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本格ミステリの論理性
笠井 正統的な枠組みの中で新しいことをやろうと思うと、やっぱり新しいトリックの一点に絞られてくるね。枠組みをはずしてしまえば、またいろいろなことが可能になってくるけど。読者を騙すという点では、いろいろとやり方があるわけだから。
僕は新しいトリックを思いつかなくて苦労するといったことは、あまりないんです。最初に本格のパターン、クローズド・サークルでもいいし、首なし死体でもいいけど、今回はこれでいこうと決めたら、後はそのパターンの代表的なものを頭の中で思い浮かべる。それを幾つか組み合わせたり、ちょっと変えたりしてみるわけです。だから、真に独創的なトリックを考えたことがあるのか? と言われると、あんまりないんじゃないかな。
『葉桜――』のインタビューで、歌野君はトリックの意外性が第一で論理性にはさほど関心がないと言っていたけど、僕の場合は逆に論理のほうに凝るので、トリックはまあ水準だったらいい、謎を解体する論理のところに笠井にしか書けないものを込めようというスタンスです。だから、長くなる(苦笑)。謎を解体する手続きのほうで独自性を出そうとすると、ああじゃない、こうじゃないと延々と書かなければならないので。
歌野 僕は論理のほうは読むのも苦手で、やっぱり一発トリックを見せられて、オーッ! ていう感じなんで。たぶん推理小説が嫌いな人っていうのは、論理を読むのが嫌いなんじゃないかなと思うんですよ。なぜかというと、人間の考えというのは、やっぱり直感的だと思うんです。答えが出るときは一瞬のうちに分かるのであって、それは恐らく無意識のうちに、いろいろな経験をもとに頭の中で論理的に組み立てているんだろうけど、人間はその過程を意識しませんよね。本格における論理というのは、それを一々言葉にして書いていくわけで、推理小説に興味がない人は、きっとそういう手続きにまどろっこしさを覚えるのではないでしょうか。
笠井 矢吹駆の言う本質直観というのはそういうことなんだけど、ワトソン役に迫られて、しょうがないから七面倒な議論をするというふうにしてあるわけ(笑)。
僕は本格の論理性には二つパターンがあると思っていて、簡単に言えば短編型と長編型なんですけど、短編型はG・K・チェスタトンのブラウン神父ものが一番分かりやすい。要するに騙し絵ですね。ルービンの壺っていうのがあるでしょう。最初どう見ても壺に見えていた絵が、見続けているうちに突然、女の横顔になるという、あの驚きが短編の論理性で、その場合の論理というのは発想を変えるというか、視点を変えるというか、そういうものなわけです。
一方の長編型は、初期クイーンの国名シリーズみたいに、ひとつの謎をめぐって、ああじゃない、こうじゃないと推理を重ねていく。これは連立方程式の解を発見するような論理性だと思うんです。方程式にいろいろな数を代入していって、完全に割り切れる数字を見つけていく。こちらがなぜ長編型かというと、いろんな数字を代入していく手続きを取るために必然的に長くなる傾向があるわけです。
ですが短編型、長編型というのはちょっと表現が正確じゃなくて、短編作品で長編型の論理が使われることもあるし、その逆もある。鮎川哲也みたいに長編の傑作も多いけど、むしろ短編のほうで割り切れる論理を徹底追求している人もいるし、島田荘司の場合は大長編を次々に書いた時期があるけれど、基本的には短編型の論理だと思うんです。おそらく歌野君はその分類でいくと短編型の論理性のほうに惹かれるタイプなんでしょう。
歌野 そうですね。確かに自分でも短編と長編だと、短編のほうを書きたいという欲求がありますね。ただ、どうしてもミステリは長編じゃないと認められないようなところがあるし、短編だからと言って短時間で書けるわけでもないので、長編を中心に書いています。
笠井 最近の作品で言うと、有栖川君の『スイス時計の謎』が長編型論理を使った短編としては、久しぶりの傑作だったと思います。
長編型の論理というのは数学を理想にしているけど、数学みたいにはいかないわけです。というのは、数学で扱われる点とか線とかというのは抽象理念ですよね。紙の上に点を打ったって、顕微鏡で見れば面積があるわけだから、位置だけあって面積がないような点なんて現実には存在しないわけです。そういう架空の理念を組み合わせるから完璧な論理性が可能になるわけで、それを現実の場所に当てはめたら、無限に多様な可能性の中から一つの蓋然的な解釈を選んでいくという手続きの連鎖になる。そうなると、結局は全く恣意的になってしまうのかというとそんなことはなくて、蓋然的なんだけど唯一の結論を探偵が提示し、読者が納得すれば、それはやっぱり割り切れているわけですね。
本格の歴史の中で、そういう論理性はクイーンの国名シリーズ以降、だんだん緩んできている。時どき鮎川哲也のような中興の祖が現れたりするんだけど、今度の『スイス時計の謎』は久々に、これしかないという論理を提出しているような感じを読者に与える作品です。
歌野 そうですか。それは読んでおかないといけないな。
笠井 一読に値すると思いますね。僕が読んだ範囲だと、今年の前半は、正統本格が『スイス時計の謎』で、正統本格からズレたところでは『葉桜――』が二大傑作という評価です。
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