森村誠一は一九六九年に『高層の死角』で江戸川乱歩賞を受賞したのち、翌年の『新幹線殺人事件』が六十万部超のベストセラーになったこともあって、小説雑誌から短編小説の執筆依頼が相次ぎ、その結果、一九七〇年に二冊、七一年に五冊、七二年に六冊、七三年に二冊、七四年に四冊と、多くの短編集が刊行された。もともと一般に売れ行きは期待できないとされる短編集の刊行ペースとしては、常識にない頻度だった。
なぜそんなに読まれたのか、読者の支持を得たのかについて、長編作品も含めてよくいわれた一つは、森村誠一の小説には管理社会の息苦しさ、虚しさが描かれているから、というものだった。サラリーマンの哀歓といったそこはかとない世界ではなく、日本の高度成長とともに非人間性を増していった企業社会における屈辱、鬱屈、挫折、負い目、怨恨など、追いつめられた感情の集積の果てに転化していく殺意や自己回復への激情のリアリティが、その社会および周辺で生きるサラリーマンやOL、主婦たちの共感を呼んだというのである。
もう一つには、作品に盛り込まれている情報量が豊かだからともいわれた。新幹線や超高層ホテル、警察、公害、団地生活、植物や動物、昆虫の生態、病原菌にいたるまで、さまざまな業界や機構の内実、学問や研究の成果などが作品に取り込まれており、そうした知らない世界の情報が読者の興味を惹くというのだった。
ひとことですませば「題材」の魅力といえるが、それだけでは表皮的な捉え方である。その題材をどう「構成」して作品に仕上げているかによってはじめて、題材の魅力は引きだされるからだ。同じ題材でも構成しだいでまったく違う作品になるのである。
とはいえ題材の見つけ方も、構成の仕方も作家によって差が現われる。なぜなら作家の立場にいいかえれば、題材とは着眼点であり、着眼点は主として世の中や人間のあり方に対する日頃からの問題意識に由来するからである。問題意識を土壌にして、題材が着眼される。また構成とは題材をどのような切り口で物語に組み立てていくかだが、森村誠一の場合、「時代と人間」を見つめるという独自の切り口で構成し、作品に仕上げている。常に変わりゆく時代のなかで、人間はどのように存在して、どのような生き方を選ぶのかという問題、それが徹底した切り口となっていることが、森村作品の最たる特質なのである。
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