書評

心に傷を負った人々を、やさしく照らし出す灯り

文: 成田 守正 (フリー編集者)

『深海の夜景』 (森村誠一 著)

「路上の旅人」にも簡単に切り捨てられた派遣社員の若者が登場。彼は元刑事の橋口というマンション管理人とともに、チンピラにからまれている若い女性を助けたことがきっかけで、橋口のマンションに住み込んで仕事を手伝うことになり、そこで殺人事件に遭遇する。若者は事件の解決後、自らの青春の可能性を路上生活者の自由に懸けて旅立つのだが、メインの題材はそちらではなく、弱みを握って他人の自由を奪う加害者と被害者という、都会の夜の暗闇の下に巣くう人間の営みである。

「一筋の神意」は太平洋戦争中、ある特攻隊員から愛する女性の行く末を託された撃墜王の男が、老いて、妻子を少年に殺された孫の復讐を阻止してほしいとイベント代行業者に依頼するが、本心はまた別のところにあったというもの。不毛の死を遂げた特攻隊員の怨みがどんな形ででも救われてほしいという願いをこめた一作である。

「満天の星」は三・一一の東日本大震災の際、ビルのエレベーター内に閉じ込められた三人の男女と棟居刑事の話。三人は、妻を殺害した元少年を殺しに向かうところだった男、自殺のため富士の樹海を目指していた女、政治家への闇献金を持ち逃げする途中の運び係、とそれぞれに曰くを秘めていたのだが、箱に長く閉じ込められたあとに解放されて見上げた夜空に満天の星を見たとき、誰もがそれまでの考えを改める気持ちになる。人生を変えてしまう一つの光景や出来事が主題といえ、東日本大震災で被災した人々への前向きな生き方への願いもこめられている。

「余生の証明」は定年後に妻にも死なれ、環状線の電車で読書することに孤独と無聊をなぐさめていた男性が、似た行為をしている少女に気づき、連れ帰って共に暮らすようになる。だがその平安は隣に引っ越してきた暴力団幹部たちによって乱され、やがて殺人事件が起きるのだが、少女の犯行と確信した男性が身代わりに自首しようとして、刑事にそんなまねはせずに少女の帰りを待てとたしなめられるところがミソである。

「一粒の涙」は不良集団に同僚を殺された元刑事と、ホームレスの支援をしていて未成年集団に襲撃され殺された父親の跡を継いだコンビニ店主が同じ主犯に行きつき、店主が復讐しようとするのを元刑事が阻止する内容。

 七編に共通しているのは、「人生は未知数である」というメッセージである。人間は生きているかぎり、その生の可能性を捨ててはいけない。若い頃はもちろん、定年になってからも、死ぬまで人間には未知なる可能性がある。だから人生を諦めてはならない。無用な感情に流されてはいけない。

 また他人の、たとえ罪人であっても、その生きる可能性を奪ってはならない。「一筋の神意」で老婆を助けて自らは列車に轢かれた元殺人少年の行為と、「一粒の涙」でコンビニ店主の殺された父親の真の思いを知って涙を流した犯人の姿に、それが託されているように見える。長く「時代と人間」を見つめてきたからこそ、どんな人も救われてほしいという作者の気持ちが感じられる一冊である。

深海の夜景
森村誠一・著

定価:本体660円+税 発売日:2015年10月09日

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