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なぜ女は女を区分けしたがるのか

なぜ女は女を区分けしたがるのか

『対岸の彼女』 (角田光代 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

 以前、新刊のインタビューにきた人が、結婚はしているんですか、といきなり訊いてきた。していません、と答えると、結婚に至れない理由はご自分でなんだと分析されますか、と重ねて訊くのである。その質問よりも、そのインタビュアーが女性であったこと、同世代であったことに、私は少なからずショックを覚えた。

 同世代の女性であるならば、仕事をしていて、結婚していないと朗らかに答える女は、したいのにできないのではなく、結婚のほかに興味があるのだと、即座に理解するはずだと私はどこかで思っていたのである。しかし彼女は、「したくないからしていないのです」という私の答えもさらに理解できなかったようで、「何か問題のある家庭に育ったのですか、結婚したくなくなるような」と、重ねて訊いた。なんでこんなおかしな人と話をしなくちゃならないんだろう、と泣きたくなったが、よくよく考えてみれば、このインタビュアーはどこかおかしいのではなく、ただ、「区分け」をしたかったんだろうと思い至った。

 女性を、どこか必死になって区分けするのは女性だと、三十代も後半を過ぎてから、思うようになった。

 初対面の人に会ったとき、男性女性の区別なく、既婚未婚、子どもの有無についての話に及ぶことは、よくある。私もよく人に訊いたりする。べつだん失礼な話題だとも思わない。それを知ったほうが話が早くなるし、会話が弾むということがある。

 けれどそういう、会話の突破口というか、相手を知る手段ではなく、「区分け」のための質問というのがあって、これは女性同士しかしない。結婚していて子どもがいない。子どもがいて仕事もしている。子どももいないのに専業主婦である。結婚もしておらずする予定もない。そういう情報は、あるタイプの女性にとっては区分けラベルなのである。そうしてラベルをつけて区分けし、自分の立ち位置というものを理解する。自分の立ち位置が理解できると、その立ち位置の正当性のために、優劣をつける。少し前に、働く主婦と、専業主婦とのバトルがテレビでも雑誌でもとりあげられていたが、どちらとも無縁な私から見ていると、区分けの優劣に必死になっている女性たち、という印象を受けずにはいられなかった。

 件(くだん)のインタビュアーの理解不能な質問も、区分けと考えれば至極納得がいく。既婚の彼女にとって、同世代の未婚女性は劣った位置にあるのだろう。そう理解してはじめて、相手と向き合うことができるのだろう。

 既婚未婚、子のあるなし、離婚経験のあるなし、職のあるなし、そんなものは、焼き鳥でタレが好きか塩が好きかくらいの違いでしかないのに、なぜ女たちは女たちに優劣をつけるのかと、ずっと考えていた。女性同士の妬みややっかみが優劣を生み出すと言ってしまえば話はごくシンプルだが、私にはどうしてもそう思えない。

 ひょっとしたら区分け好きの女性がしたいのは、優劣をつけることではなくて自分を肯定することなのではないか。一昔前に比べたら、女性の立ち位置は本当に千差万別である。結婚という形態をとらないまま子を産む人もいるし、三十代で三度の離婚経験を持つ人だっている。それほど多様化した女性の生きかたを見ていると、自分のやっていることは本当に正しいのか、つまらない間違いを犯していないかと、どんどん不安になる。不安から逃れるために区分けをし、自分をランクで理解しようとする。女が女を区分けするのはそういうわけではないのか。

 二児の父と子どものいない未婚男性が、相手を区分けしどっちが勝っている、劣っていると言い出すのは見たことがないが、これはひとえに男性特有の気質によるものではなくて、男性の立場というものが、女性に比べてさほど変わらないからなんじゃないだろうか。もちろん男だって父になったり離婚したりといろいろあるだろうが、男にとってそれはあくまでプライベートの問題であって、自己肯定とはまったく関係がない。

『対岸の彼女』を書こうと思ったきっかけは、そんなところにある。一昔前は、同じ制服を着て、机を並べて、帰りにケーキを食べるかお汁粉を食べるかで延々話していられた女同士が、社会に出て数年すると、相手の立場を区分けせずしては容易に話もできなくなる。立場のまったく違う女が、立場を越えて親しくなれるのか、否か。

 大人になって、高校生のころより私たちははるかに自由になった。門限もない、宿題もない、夜を徹して酒も飲めるし、友達の家に泊まりにいくのに許可は要らない。理由があって離れ離れになった友達を、休暇を取って訪ねていけるだけの自由がある。しかしそれを大人になった私たちは自由だと感じることができるのだろうか。それを知りたかったのはだれでもない、私自身だ。

 未婚で仕事をする女、子がいて仕事をしたいと望む女、小説のなかの彼女たちが、登場人物という枠を越えて、ここにいる大勢の私や、大勢のあなたとどこかでつながってくれることを、書いているあいだも、書き終わってからも、強く願っている。

文春文庫
対岸の彼女
角田光代

定価:726円(税込)発売日:2007年10月10日

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