『八日目の蝉』『紙の月』など、映画化されヒットした文芸作品をはじめ、感動大作が目白押しの角田光代さん。そんな中、今回の文庫オリジナル短篇集には、さらに広い層の読者を魅了しそうな楽しさと軽やかさが満ちている。テーマは、高級ブランドのジュエリー、婚約指輪、高級旅館、若い男女の迷いと決断、恋愛のその先……。
――ジュエリーショップを舞台にして、幸せな恋愛成就の物語が展開するのかと思いきや、親や世間に対する反発から意地でも婚約指輪を買いたくない女の子、逆に男にハイジュエリーを貢がせて自分の価値と感じる奔放な子、離婚するときに初めて指輪が欲しくなる女性など、一筋縄ではいかない人物が多数登場します(笑)。
恋人から高価なジュエリー、とくに婚約指輪を贈られたらたいていの女性は喜ぶもんだ、という万人が持つイメージがありますよね。私の友達の男子も、合コンで知り合った女の子と、クリスマス近くに食事の約束したら、待ち合わせが伊勢丹の前で、そのままジュエリー売り場に連れて行かれたって言ってました(笑)。もしそんな高いものを誰かからもらったら、私はびっくりしてビクビクしてしまうと思います。素直に、もらって嬉しい人がいる一方で、そうじゃない人達も必ず存在する。私はやっぱりそっち側を書きたいんです。
――こういったテーマの小説、実は企業から依頼を受けて書かれたタイアップの作品だったそうですね。ティファニー、プラチナ・ギルド・インターナショナル、JT、それから旅館の星野リゾート。
はい。例えば、最初の5編はティファニーさんからの、このシリーズのジュエリーを登場させてほしいという希望をもとに書いています。企業から依頼される小説の場合は、企業によって異なりますが、たいていは使っちゃいけないNGワードがあります。例えば法律に反するものや、企業イメージを損なうもの……遊園地だったら、「列が長い」みたいなのはやめて欲しい、とか(笑)。
最初はそういう制約の中で小説を書くことに、抵抗があって、苦手だなあと思ってました。綺麗なイメージだけのものを書くのも、嘘くさい。私はもともと、人の汚い暗い気持ちを書くことが多いので……「読後感の良い、幸せなものを」という依頼テーマと、「自分らしさ」をうまく按配して書くのが難しかったんです。
でも、この10年くらい折に触れ挑戦してきて、今では、自分のためだけに書くのでない、「読後感を人に委ねて書く」場所が自分の中に出来たので、そこから出発すれば大丈夫になりました。依頼されなければ書かなかったタイプの小説ですから、そういう意味では、小説テクニックがかなり身についたかもしれません。