――中野さんのこれまでの本と同じように、小説やオペラ、映画や演劇などにも触れられていますね。
中野 わたしは美術の専門家ではないので、かえって自由に絵を楽しめるのかなと思います。マニエリスムだのキュビズムだのと細かく分類したり、描法や構図への言及は研究家におまかせし、絵を単体で見ないで他の芸術や歴史とつなぎあわせるほうが、自分にとってはずっと面白いのです。もともと活字人間でオペラ・ファン、映画も大好きときては、絵を見てそれらに関連したものがすぐ思い浮かぶのは自然でした。
――年表や家系図、地図なども掲載されています。
中野 画面の登場人物が生きていたのはどんな時代か、そしてそのころ日本ではどうだったか、その比較ができるようにと付け加えました。ハンニバルがアルプス越えしてイタリアに攻め入ったとき、日本ではまだ弥生時代だったとか、コサックのステンカ・ラージンが反乱した前年、北海道ではアイヌのシャクシャインの乱が起きていたなど、驚きがありますよね。
――絵画と歴史が両方好きな読者向けですね。
中野 いえ、そんなふうに限定するつもりはありません。むしろ絵画鑑賞は好きだけれど世界史など無味乾燥でつまらない、と思っている人、逆に、歴史ものには興味があるけれど、美術展へ行っても退屈するばかりの人――そんな方々に手に取っていただけたらと願っています。毎回言うことですが、日本の美術教育は、よけいな知識など入れず、ただ絵を感じなさい、というものなので、印象派以降の絵画ならまだしも、それ以前の、そもそも意味のある作品に対しては、感じるより前に退屈してしまうのも当たり前。絵が歴史を語っているなら、それを知らない限り絵の良し悪し自体もわからないと思うのです。歴史という背景を知れば絵の奥行きはもっと深まります。本作によって美術館へ行きたくなる人、歴史書を読みたくなる人が増えてくれたら、著者冥利に尽きますね。
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