インタビューほか

雅(みやび)と武、西と東の戦い

「本の話」編集部

『花や散るらん』 (葉室麟 著)

  さきほど柳生の話をしましたが、近畿、西国の武士は関東の武士とは天皇への想いが違うと思います。だとしたら忠臣蔵は朝幕対立の事件として考えることは可能ではないでしょうか。

  後水尾(ごみずのお)天皇は幕府嫌いで、その後数代もやもやしたものがあって頂点に達したのが将軍・綱吉(つなよし)の母・桂昌院の(けいしょういん)従一位叙位だった。マザコンの固まりのような綱吉にとってみればどうしても必要なことで、京の八百屋の娘だった桂昌院にしてみれば江戸に出て思いがけなく天下人の母親になった自分を故郷の公家たちに認めさせたかった、実に人間的な願いです。けれど朝幕関係の中では緊張感をともなう叙位ではなかったでしょうか。勅使が来たときに刃傷(にんじょう)事件が起こる伏線はこれではなかったのかと、あくまで想像ですが、そう考えました。

  松の廊下の刃傷沙汰のときに大奥留守居役(るすいやく)の梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)がなぜそこに居あわせたのだろうかというのも含めて、この線で辿れるのではないだろうかと。

  しかし、ただ単純に、朝廷の命令で浅野内匠頭がやったのかというと、それはリアリティがない。そこは内匠頭の個性もあって、複雑な企みの中にはまり込んで刃傷に及んだのではないかと私は考えたわけです。

──小説の中で、浅野内匠頭について「小心だが生真面目で家臣に厳しい人柄がうかがえる」とありますが。

葉室  よく引用される幕府側の史料があります。必ずしもそれが全面的に正しいとは思いませんが、少なくとも鷹揚(おうよう)な人物ではなかったようですね。

──朝幕の対立、大奥、浅野と吉良、これで構図が出来上がったのですね。

葉室  そうですね。史料的に一番参考になったのは柳沢吉保の側室で公家の娘、正親町(おおぎまち)町子の日記「松蔭(まつかげ)日記」です。そして、羽倉斎(はぐらいつき/後の荷田春満 <かだのあずままろ>)の存在です。京の文化を象徴する二人が忠臣蔵のまわりにいたわけです。羽倉は具体的に討ち入りの手助けをしています。こういう点はもう少し強調してもいいと思います。

花や散るらん
葉室 麟・著

定価:1575円(税込) 発売日:2009年11月13日

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