──葉室 麟さんの最新刊『花や散るらん』は『いのちなりけり』の登場人物、元肥前小城藩士の牢人・雨宮蔵人(あまみやくらんど)、その妻・咲弥(さくや)、そして京都北山、円光寺の僧・清厳(せいげん)らが活躍する、いわば続編ですが、前作を読んでいなくても楽しめます。
葉室 第二作を書こうとはっきり決めてはいなかったのですが、『いのちなりけり』を書いたときに、柳沢吉保(よしやす)だとか吉良上野介(きらこうずけのすけ)が登場して、主人公の雨宮蔵人が京都に出て行ったときに朝廷と幕府の争いに巻き込まれる、この段階で忠臣蔵に関わることになるのではないかなあ、というのは感じていましたね。そういう含みもあって朝廷の有力者、関白・近衛家の家司(けいし)、進藤長之との接点を作っておいて、進藤に政治的に暗いところがあるとは匂わせていたんですけれど。
朝廷と幕府、雅(みやび)と武、西と東の戦いというのが小説の下地にあるなという気がしてきて、その対立が最も典型的に表れているのが忠臣蔵ではないかと思っていました。想定していたことではなく書いていて出てきたことです。
──朝幕の対立に一般の武士も巻き込まれているのですね。
葉室 『いのちなりけり』に水戸光圀(みつくに)が登場します。五味康祐さんの『柳生武芸帳』にも六歳の頃の光圀が出てきます。ですから『いのちなりけり』は『柳生武芸帳』の六十年後の物語です。一般に柳生一族は幕府側のCIAだというけれど、実は天皇の密命を受けて、徳川系の皇子を殺す、というのが柳生武芸帳に隠された秘密です。柳生というのは大和の武士、近畿ですから朝廷との結びつきという特殊なものがある、というのが『柳生武芸帳』の中には出ていると思うんです。
また、五味康祐さんは日本浪漫派の保田與重郎のお弟子さんでもあって浪漫派の系譜を引いてらっしゃいます。日本の文化とか雅の伝統に関心がおありだったろうと思います。そういうものを直接ではなくても武の戦いの中に持ってこられていたのではないだろうかと。
そこに光圀が出てくることで必然的に柳沢吉保が登場し、京との結びつきからどうしても吉良上野介が出てくる。敵役が揃っているものですから、この流れからいうと雨宮蔵人の敵役も柳沢であり、吉良ではないかと。