2003.09.20 書評

心を慰撫するノスタルジー

文: 池上 冬樹 (文芸評論家)

『都市伝説セピア』 (朱川湊人 著)

 いやはやレベルの高さに驚いた。とても新人の第一創作集とは思えないほど粒が揃っている。ここまで完成度が高いのはまれだろう。たいてい一作か二作、数あわせのために水準以下の作品が入っているものだが、ここにはそれがない。全部佳作以上。こんなことは横山秀夫の『陰の季節』(文春文庫)以来のことではないか。

 実をいうと僕は、朱川湊人氏が昨年「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞をとってデビューする以前に、あるホラー系の新人賞の予選委員の仕事で、朱川氏の作品を何本か読んでいる。いまとは異なる変わったペンネームで書かれた、また変わったホラーだった。語り口は滑らかだが、途中からねじれていき、なんとも不思議な味わいを醸しだす。プロットに若干飛躍があって受賞には至らなかったけれど、作品全体にただよう何ともいえない叙情性、そこはかとない哀しみの醸成が胸に残り、次はどんな作品を書いてくれるのだろうかと期待を抱かせた。それは僕だけではなく、ほかの予選委員と編集者も同じで、いずれ賞をとるだろうと思われていた。

 だから、その賞の前に、オール讀物推理小説新人賞をとったときには驚いた。裏切られたような気もしたのだが、でも受賞作を読んで納得した。広義のホラーではあるけれど、恐怖を前面に打ち出さずに、より心理をこまやかに描くようになっている。ホラー的題材を極彩色に色付けするのではなく、むしろモノトーンで塗り込めて、ブラックな味わいとやるせない情感をひきだしている。“ホラー作家”の短篇というよりも“小説家”がホラーを書いた印象だった。

 というと、語弊があるかもしれない。「フクロウ男」を収めた第一作品集の本書『都市伝説セピア』は、ジャンル的にはホラーになるからである。タイトルが示すように、第一義的には“都市伝説”をテーマにしたホラー集。都市伝説とは、人々の興味と不安をかきたてる「口裂け女」や「トイレの花子さん」や「人面犬」などの伝説のたぐい。あたかも実在するかのように、まことしやかに流れ、人々に恐怖の感情を覚えさせる伝説を、作者はここで新たに提示してサスペンス性を高めている。

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都市伝説セピア
朱川湊人・著

定価:本体1,571円+税 発売日:2003年09月

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