――収録した六篇の作品いずれも、大阪の路地裏を舞台にしていますが、特に意図したことはあったのでしょうか。
朱川 まず自分が大阪出身ということがあります。でも小学校に上がる前に東京に来てしまったので、中途半端なんですよ。ですから、大阪人の濃いところを自分が受け継いでいるのかどうか、いつも疑問としてあるんです。僕のイメージする大阪は、下町のごちゃっとした、それこそ「送りん婆」の冒頭に出てくるようなのなんです。大阪に対して僕自身ノスタルジックな思いがある。この本はノスタルジックなものにしたかったので、自分がそれを籠めて書けるのは大阪だな、と。そういう気持ちで書きました。
――より効果が出た、あるいはここは難しかった、というところはありますか。
朱川 大阪弁は使い過ぎると、どうしても軽い感じになってしまう。大阪弁そのものがすごくエネルギーがあって、世界を引っ張ってしまうんです。たとえば、「摩訶不思議」ではかなり意識的に大阪弁を使ったんですが、そうすると、放っておいてもスピード感が出る。短い言葉をちょこっと使うだけでも不思議な味わいがあって、明るいことも寂しいことも両方表現できる言語だなと思います。
――ほかに、気を遣って書かれたところは。
朱川 子供の世界に焦点を絞りました。この本を読んで、子供の頃にそういう不思議な記憶があったな、という気持ちになってもらえれば。それは大人になってみると科学的に証明できることかもしれないけれど、子供にしか分からない世界があって、その中でちょっと不思議なことがあったり、そういうことに僕自身、すごく惹かれるんですよね。
――前作の『都市伝説セピア』(文藝春秋刊)でもノスタルジー、あるいは子供の世界を描かれていましたよね。
朱川 ええ。まず、僕にとって過去形で書くことは書きやすいということがある。自分のスタイルに合っているんです。そして、不思議なもので、先ほども言った、大人になってみると全然たいしたものではないのに、子供のときにはすごく変わったものに見えたり、理屈で考えると絶対に合わないのに、確かにこういうことがあったということが、ノスタルジーの世界だと、何と言うか、全部OKになる。時間の魔術じゃないけど、あの頃ならそんなこともあったかな、というふうに。
――あと、テーマということで言うと、どの作品も人の生と死、特に死というものを考えさせられるように思いました。
朱川 それは高校生の頃からずっと関心を持ち続けています。死んだらどうなるかというのは、死んでみたら一番早いんですけど(笑)、分かったときには伝えられない。人間は結局、誰だって死ななければならない。その運命にどう抗うか、どう折り合いを付けていくのか、というのは僕の中にずっとあります。個人が死ぬということをどうにか越えたいという気持ちがあって、もしかするとそれは越えられるのかもしれない。それこそ生まれ変わるという可能性もあると思いますし。
――各作品にそういう思いが投影されているわけですね。
朱川 そうですね。というか、立脚点がまずそこなんです。人の生き死にというのがあって、そうなると生き様というのも関係してきますよね。使い古された言い方かもしれないけど、満足に死ぬためにはどう生きればいいのか、ということがいつも頭から離れないんです。
あと今回、これは意識したわけではないですけど、全部異端者の人たちの話になっているんですよね。世界の隅っこに押しやられた人たちの物語です。冒頭の「トカビの夜」には朝鮮半島出身者が出てきますよね。時代が無知だったせいもあるんでしょうけど、子供にそういうことを吹き込む悪い大人がいたわけですよ、昔は。「凍蝶(いてちょう)」でも書きましたが、せっかく一回の人生を持って生まれてきたのに、スタート地点が普通の人よりもずっと後ろに設定されているなんて気の毒じゃないですか。そういう人たちにもっと目を向けたいという気持ちが僕の中にあるのかな。
太宰治にはまった時期
――そもそも小説を書こうと思ったきっかけは。
朱川 四つ離れた兄がいて、中学のとき、当時流行っていたフォークソングのレコードとかを買ってきては聴いていたんです。当然弟も横で聞きますよね。その詩の世界がいいな、と思っちゃった。思春期の頃になると、それを真似したような詩を書いてみたりして。今出てきたら、恐喝のネタになるかも(笑)。そこから発展して、小説になっていったという感じです。
――それは珍しいのでは。読書少年ではなかったのですか。
朱川 いや、本も好きでしたよ。シャーロック・ホームズにもかぶれましたから。その後、太宰治に出会ってドツボにはまりました。中三、高一の頃は、ほんとボルテージが高かったです。肩を叩けば、生まれてすみません、という感じで(笑)。新潮文庫は読破しました。もっとも年が年ですから、百パーセント理解していたかどうかは別ですが。いちばん好きなのは、『きりぎりす』とか『パンドラの匣』といった中期の明るい作品。『人間失格』や『斜陽』も素晴らしいんですが、本当、あの作家はすごいと思います。あと江戸川乱歩も好き。両極端なんですよ、僕は。人間とは何ぞやということを考えながら、結構エログロの世界も好き(笑)。でも、突き詰めると、エログロというのも人間の世界ですから。
――さっきお話しした死というものについて考えるのは、太宰の影響が強い。
朱川 そうですね。そのまんま年を食ってしまったところがあります。あとはさらに、子供時代のマンガとかテレビの特撮モノとかにも影響されてます。当時のウルトラシリーズは、怪獣や宇宙人が単なる悪者ではなくて、悩みを抱えていたり、今見直すと、子供番組なのにこんなことやっていいのか、みたいなところがありましたよね。地球の先住民族と現代人の戦いとか。そういうのが僕の中でごちゃごちゃと混ざり合って、不思議な話で、なおかつ、生きていることの痛みとか喜びとか、そういうのを伝えられるものが書けたらいいな、と思っているんです。この辺からはあまり離れないと思います。何を書いても、そこに行き着くのではないでしょうか。
――書きたい作品はこういうもの、というのは以前からわりとはっきりとされていたのでしょうか。
朱川 『都市伝説セピア』を書いたときにもお話ししたんですが、大学を出て出版社に勤めながら、ずっと小説家になりたいと思って書き続けてはいたんですよ。ところが、人間はひとつの夢にあまりぶら下がりすぎると、目的が手段になってしまうというか、賞を獲るためにはどうすればよいか、売れる話を書くためにはどうすればよいかといったことばかり考えるようになるんです。必ずしも悪いことではないけど、これはなんか違うな、という気持ちになってしまったんです。ある時、とにかく自分が書きたいものを書いてみようと考えて書いたのが『都市伝説セピア』の中の「アイスマン」。この作品を書き終えたときに、何かが自分の中ではまったような気がしました。ジグソーパズルのピースがパチッとはまったような。そうだ、俺がやりたかったのはこれだ、と。それを投稿したところ、良い結果を出してくれたので、これでいこう、と思えました。
――小説のアイディアを思いつくのはどんなときですか。
朱川 大体が歩いているときです。あとは電車に乗っているとき。窓の外の景色をボヤッと見ていると、不思議なもので、もしかすると脳が景色を認識するのに引っ張られるのかな、脳の回転が少し速くなる気がするんです。思いがけないことが、ポンと出てきたりして。だから、電車に乗っても本とかあまり読まないです。立ってずっと外をボーッと見てます。
――執筆時のことですが、ラストが見えないで書き始めることはまずないですか。
朱川 いえ、あります。「送りん婆」はそうです。この作品は送り言葉を使うおばさんというイメージがまずあって、それを書きたいばかりに始めたんです。最後のオチははじめに考えてはいたんですが。「摩訶不思議」は、ラストの素麺のシーンに辿り着きたいがために書いたという(笑)。
――え、そうなんですか。
朱川 霊柩車が動かないことも不思議なんですが、本当は一人の男を好きになって敵対してもおかしくない女たちが最後になぜか仲良くなっていることのほうがよほど不思議、というのが僕の書きたかったことなんです。で、素麺というのはみんなでひとつの鉢を囲んで食べるじゃないですか。鍋物でもよかったんですけど(笑)。
――じゃあ、素麺にしたいから、設定があの季節になったと。
朱川 そう、夏にね。
――朱川さんはホラーが得意というイメージを持たれている読者は多いと思うのですが、それについてはどうですか。
朱川 僕は、ホラーのためのホラーというか、怖がらせるためのホラーというのは、本末転倒だと思っています。僕が純粋にホラー畑で勝負したら、とてもかなわない。こういうのもありですよ、と受け取ってもらったほうがいい。人間を書ければ、僕としてはどんな材料でもいいんです。
――朱川さんの中ではホラーというのはどういう位置づけなんでしょう。
朱川 たとえば何かの呪いがあるとするでしょ。その呪いが怖いのではなくて、呪いというものを成立させてしまう情念を持った人間が怖いんです。
――最後に、今回特にお薦めの作品はありますか。
朱川 やっぱり「花まんま」が好きですね。作品を色分けするわけじゃないけど、明るい話としては「花まんま」。ちょっとダークな雰囲気のものとしては、「妖精生物」がいい線かな。でも、同じ物語でも受け取り方は人それぞれですし、ひとつでも気に入ってくれたお話があれば、僕は嬉しいです。
花まんま
発売日:2012年02月20日
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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