前置きがやたら長くなってしまったが、本書に含まれる四作は、以上に述べたことと微妙にからんでいる。証左となっている。四作とも中期の執筆だが、たくさんの推理小説を書いて少し書き飽きた(と私は見るのだが)ころの作品……。執筆の事情を推測すれば小説雑誌の編集部から、
「先生、たまにはうちにも書いてくださいよ。短編を一つ」
と食いさがられ、
「うん、わかった」
心やさしく承諾したものの、そうである以上気ままに書きたい。書きたいものを、書きたいスタイルで綴りたい。連作短編集のように一つのコンセプトでいくつかを並べるわけでもなく、ことさらに読者の喜ぶ推理仕立てに創るわけでもなく、思いのまま書いた、と見てよいのではないのか。だから、そこに作家の本質が、長所が見えて楽しい。本書はそういう短編集だ、と私は考えている。
謎解きをキイとした推理小説を求める読者には少し不満が残るかもしれない。四作のうち推理小説仕立ては『留守宅の事件』だけである。これは東京の家で人妻が殺され、刑事が捜査するが、最初に疑いをかけられた男はどうも真犯人ではないらしい。でも関係者は少ない。
――じゃあだれが犯人なんだ――
被害者の夫が浮かびあがってくる。ところが、この夫にはアリバイがある。どういう手段を講じても東北の出張先から自宅に帰って犯行に及ぶことができない。苦しい捜査の進捗を綴って、このあたりは推理小説ファンをおおいに喜ばせてくれるだろう。意外な結末も用意されていて、不足はない……。
でもね、ちょっと待って。この結末、推理小説を熱心に、たくさん読み、トリックに通じている読者なら、
「すぐわかりましたよ、トリックが」
なのである。奇想天外のトリックを創る点では松本清張はエラリ・クイーンやアガサ・クリスティに及ばないし、それが目的でもなかったろう。総じて、つじつまの合いにくい作品もあるし、甘いトリックもある。推理小説のものさしで計れば、九十点は取っても百点は取れない人なのだ。そして、それこそが松本清張の特徴であり、長所でもあることを私たちはよく認識しなくてはなるまい。
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