松本清張は代表作を選ぶのがむつかしい作家である。推理小説で国民的な人気を集めたのだから、ここから選ぶのが適切と思うのだが、
――どれがいいのかな――
ためらいが生ずる。
『砂の器』という声が聞こえたりするけれど、はっきり申しあげれば、これはまずい。よろしくない。『砂の器』を名作と判ずる人については、あえて私は断言するのだが、「あれは映画が抜群にいいんです。小説そのものは失敗作ですね」
小説は、前半はすばらしいが、後半はガタガタだ。これではよい作品とは言えない。
そこで推理小説の名作をほかに挙げるとすれば、
「やっぱり『ゼロの焦点』かな」
と思うけれど、これにも弱点があるし、代表作となると初期のものではなく、長い作家生活を反映するものを選びたい。
それに、松本清張は短編小説において優れた作家なのだ。長編よりまとまっている。きずがない。これなら珠玉の名編を次々に選べる。たとえば『張込み』『黒地の絵』あるいは『潜在光景』などなど。しかし、この大作家の代表作を一つ二つの短編で語るのはつらい。
私としてはむしろノンフィクションを……『日本の黒い霧』『昭和史発掘』などを思い浮かべるけれど、これも新しい資料の出現などにより問題点が指摘されたりして……それよりもなによりも“小説家”松本清張を否定するような気がして、選びにくいところがある。本当に代表作を決めるのがむつかしい作家なのだ。だから、この点については、
――存在そのものが偉大な作家なんですね――
と評して私は納得している。
そして、そのことと関わりがあるのだが、もっと微妙な問題として、松本清張は推理小説の本当によい書き手だったのだろうか、という根本的な疑問を私は抱いてしまうのである。
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