三山の故郷は神奈川県藤沢市である。元朝日新聞記者と「朝日歌壇」の投稿者というだけではない符合の一致が公田耕一と三山喬の間にはあった。三山喬という人は「ホームレス歌人」を探すのに最も相応(ふさわ)しい人ではないかと思われる所以(ゆえん)である。
取材を始める前の「職業人生の秋」に、三山はある業界紙の面接を受け、「あなたは組織との関係に問題がある」と面接官に言われて落とされる経験をしている。
「貧困」は、三山にはジャーナリストとしての単なるテーマではなかった。南米にいた時、三山は「貧困」を政治の問題、社会の問題として捉えることをしたが、それだけではすまないものがあることを三山は知っていたようである。自分の性格について考えてしまうのである。そして反省せずにはいられない。
三山喬が公田耕一を見る目は殆ど完全に自己を投影したものである。公田耕一もまた組織との関係に問題があった人なのではないか。
公田耕一がホームレスになった理由に、三山喬は「性格悲劇」を見ているのだ。
三山喬は自らの人生を生き直すために、公田耕一を探し求める。
三山のこの過度の正直さとイノセンスは、公田耕一その人を上回るものである。
三山は、公田耕一が経験したはずの路上生活の「最初の晩」を追体験しに行く。
ホームレスになると人は「最初の晩」から二、三日は眠れないという。自分の境遇についてくよくよ考えるからではない。家を出るまでに考えるだけのことは考えてきた。もはや家を出た過去を振り返ることはしない。
「最初の晩」に眠れないのは、「前から寝てる人たち」にどう声をかけたらよいか、まだ分からないからである。先住者に受け入れてもらわなければ生活することはできない。
しかし三山を眠らせなかったのは、新参者としての怯えではなく、夜の「寒さ」であった。自分を見る通行人の「冷やかな視線」もあった。三山は公田とは違って路上生活を経験しに行ったのだから、切実に「前から寝てる人たち」に声をかけてもらいたかったわけではない。三山は、自分の感じた「冷たさ」は、公田の感じた「冷たさ」とは全く違うものだという気持ちを再確認する。
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