書評

麻雀とハニャコさん

文: 白幡 光明 (元編集者)

『後妻業』 (黒川博行 著)

 このシリーズはロードムービー的な色彩が強く、そこにはアメリカ、ヨーロッパ製の作品を中心に年間百五十本は見るという映画の影響が見て取れる。

 さて、本書『後妻業』(二〇一四)である。これは黒川作品の背骨をなすノワールの大作である。直木賞受賞第一作として刊行された。黒川作品には、佐川急便事件、阪和銀行副頭取射殺事件等、実際の事件に想を得たものが少なくない。この『後妻業』も事件化こそしなかったものの、ある出来事が元になっている。

“後妻業”という言葉は、一部法律家の間では使われていたが、一般には知られていなかった。基本的には、妻に先立たれ一人暮らしをしている金持ちの高齢者と親密になり、内妻として公正証書を作らせたり、後妻に入って財産相続の権利を確保した後、何らかの方法で夫の命を縮めて財産を我が物にする生業をさす。

 本書が出た後、それを地でいくような事件が発覚、複数の男性を青酸化合物で毒殺し、総額八億円とも言われる財産を相続した筧千佐子容疑者が逮捕された事件は、記憶に新しい。

 黒川さんの知人である姉妹の九十代の父親に七十八歳の内妻がいた。父親が亡くなったとき、内妻は公正証書を出してきて「遺産をすべていただきます」と宣言したのである。驚愕した姉妹に依頼された弁護士が興信所に頼んで調べただけでも、内妻は何度も結婚を繰り返し、夫が次々と亡くなっていた。それでも警察が動くことはなかった。公正証書の効力の前に姉妹はなすすべなく、遺産の大半は内妻のものとなった。

 その話を知人から聞かされたとき、黒川さんは「罪悪感もなく、次から次へと人を殺すて、どんな女なんやろ」と、その内妻の内面に強い関心を抱いた。

 事の概要は聞いたが、内妻がどんな女性かは全く知らない。人物像を考えることから始まった。そして生まれたのが主人公の武内小夜子である。年は六十九歳、色黒で痩せている。派手好きで、老人を金づるとしか見ていない。金のためならばためらいなく命を奪い、罪の意識は微塵もない。その金をホストにつぎ込みセックスに耽溺する。

 小夜子は結婚相談所を根城に、相談所の所長柏木亨と組んで再婚を希望する資産家の老人を物色する。そこで目を付けられたのが九十歳の中瀬耕造である。耕造に気に入られた小夜子は、耕造のマンションにベッドとドレッサーを送りつける。住民票移動にこの家具持込み、地域活動への顔出しは後妻業の必須三条件である。たとえ籍に入っていなくても内縁関係にあると周囲に印象付けるためである。

 小夜子は、耕造が服薬している血液の抗凝固薬「ワーファリン」を胃薬にすり替えて病気を誘発させようとしたり、脳梗塞を起こした耕造を炎天下の公園に放置したりと、耕造の寿命を縮めようとあの手この手を使う。

 狙い通り耕造は入院、ほどなく死亡する。預金四千万円、時価二千万円の株、不動産が六千万円、耕造の入院中からその財産を巡って騙し騙されの熾烈な争奪戦が繰り広げられる。

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後妻業黒川博行

定価:本体740円+税発売日:2016年06月10日


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