喉が渇いたのか、コップの水を口に流しこむと、
A「それだけじゃない、いまいった隠居が、当然のごとく日本人が世界や地球という認識のなかった時代に“世界図”を手にして、平然と『アトランティスはこのあたりにあったらしい』(下線引用者)といい、さらに、五街道の下にそれぞれ洞窟があり、実は、これは徳川家康が呪術防衛の策として洞窟の上に五街道をつくったんだ、なんて箇所になると、もうたまらないね」
B「そうだねえ、もうこれ以上は話さないでくれよ。あとは自分で読んでびっくりしたいからね」
A「――そういうと思ったよ。いまいったくだりなんか、さしずめ、伝奇ものなら国枝史郎、ミステリーなら小栗虫太郎といったところだね。まさに往年の大衆文学の全盛期を思わせる大作、物語の王道をゆく作品というべきだね」
B「うん、その物語の王道といえば、いまも宮本昌孝や荒山徹、宇月原晴明(うつきばらはるあき)といった作家が頑張って支えているけれど、昔に較べて随分と少なくなってしまったねえ」
A「断じて歴史教育やTV番組が悪い!」
B「ど、どうした、急に大きな声を出して」
A「大体、現行の歴史教育なんて、知識ばかりをつめこんで、それを歴史の認識に高めさせるところまでいってないじゃないか。そんな状況の中で、今度は、下らない奇説・珍説をふりかざす歴史バラエティー番組が横行している。つまり、どこまでが史実でどこからが虚構かが分からなくなってしまうから、作者がどんなに趣向をこらしても分かってもらえない、ということになる。人は史実に忠実な作品の方が上と思いがちだけれど、実は伝奇小説ほど、作者と読者、双方の教養が問われている作品はない、と思うんだがね」
B「うん、まったく同感だ。このところ、伝奇ものにあまり光が当たっていない」
A「琉球のあり方など、現在の沖縄の状況と二重写しにできる視点もあるが、まずは、物語として楽しんでもらいたいね」
B「うーん、そうきいていると、我慢ができなくなってきた。これから買いにいくとしよう」
と、B、古本を下げたまま、脱兎の如く店を飛び出していく。
A「おい、コーヒー代ぐらい払っていけよ。いっちまった。祐光正――罪な作家だよ、まったく」
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