柄刀一が新刊を発表しなくなって、気がつくと三年以上経っていた(最後に刊行されたのは二〇一一年七月刊の『翼のある依頼人』)。それまではウェルメイドな本格ミステリを驚異的なハイペースで発表していただけに、心配していたファンも少なくなかったに違いない。
だが著者がいよいよ文藝春秋から新作を発表すると聞いて、その不安も解消される筈だ。タイトルは『密室の神話(ミサロジー)』。いかにも著者の復活を告げるに相応しいタイトルではないか。
北海道裏幌市――普段は小事件しか起きないこの街で、世間の注目を集めるような途轍もない怪事件が発生した。発端は、駐在所にかかってきた「川沿い八丁目の川原にある、裏幌美術アカデミーの別棟の中に、天の十字架に架けられた遺体がある。対処されたい」という怪電話。刑事の戸賀甚平が、管理人の宇津木一造とともに密室状態の別棟に踏み込んでみると、そこには男子学生の変死体が……しかし、現場の異様さは密室であることのみにとどまらなかったのだ。
今回の新作、とにかく冒頭で起こる不可能犯罪の状況が派手である。代表作『密室キングダム』をはじめ、密室ものを多く発表している著者だが、今回の密室は、三重に施錠されている上に周囲を覆う雪上に犯人の足跡がないという難攻不落ぶり。いや、足跡がないというのは正確ではない。どういうわけか、現場付近からぽつんと一つだけの足跡が発見されたのだ。更に、現場には十字架に見立てたかのように定規が立てかけられ、扉には意味不明の渦が描かれ、床に貼られていた油絵には「あと二人、選ぶ」という犯人のメッセージらしきものが記されており、しかも遺体の左目の下には赤い絵具が塗られているというデコレーション過剰ぶりである。
これぞ柄刀一……と言いたくなる、まさに華麗なる不可能犯罪。ただし、正直に告白すれば、途中までこの作品の展開にやや不安を感じたのも事実だ。固有名詞つきで登場する人物がやたら多いのはいいとしても、中盤になっても重要そうな人物が新たに出てくるので、どうなることかと思ってしまったのだ。だが後半になると、それも本書の狙いと関係していることがわかってくる。
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