だが、そうした先入観も、これを読めばぬぐいされる。べつに、石川県がらみのことだけではない。ラブホテル業界の意外なウラ話が、この本ではたのしめる。あるいは、利用客のおもしろい生態学も、うかがえる。読み得の一冊である。
ラブホテルの内装、外装には、さまざまな意匠がちりばめられている。そのひとつひとつから、大衆社会のさまざまな欲望が、読みとれよう。キッチュ論の文脈で、美学あるいは社会学風に語りうるテーマだと思う。ボードリヤールあたりをひいたシュミラクル論に食指をうごかすむきも、いるのではないか。
だが、そうした読み物を、私は好まない。何を書いてあるかが、読む前におおよそわかってしまうからである。どうせ、話をこういう方向にもっていくんだろう。それを、こざかしげにはこぶだけのことじゃあないか。そんなの読んでも、すこしもおもしろくないと、私は考える。秀才の作文には、うんざりだ。
だが、この本からは、業界の肉声がひびく。たとえば、納税の意義をとなえつつ、受付の自動化へ傾斜する業者の思惑が、見とおせる。かしこげな社会学より、ずっと読みごたえがある。まあ、この著者に、ボードリヤール風の術語をあやつる腕は、なかったかもしれないが。
ある業界人は、著者のことをこう位置づけ、取材に協力していたらしい。
「今のレジャーホテル業界を築きあげてきた人たちの生の声が聞ける、最後の世代……それを君がきっちりまとめてくれるというなら、協力したいと思ったんだ」
これで、著者は「燃えた」という。それで、現場へのめりこんでいった。聞きとりをかさねて、ついに一冊の本をまとめあげたのである。主知的で現場取材をおっくうがる若い学徒も多い今日、この健脚ぶりは貴重である。私も、著者には、知力にまさるすばらしい武器をもっていると、脱帽する。と同時に、今の私はもうこういう力をもっていないなと自分をふりかえり、さびしくなった。
ただ、「日本ではラブホテルを専門とする設計事務所はごくわずかで……」という表現は、いただけない(五十三ページ)。たしかに、そんな事務所は、数がかぎられている。しかし、こういう事務所が「ごくわずかで」あっても、存在するのは日本だけである。現場へ力をそそぐあまり、日本を世界の中で相対化する目がうしなわれたなと、苦言を呈したい。
最後は、指導教授のような口ぶりになってしまった。いっきょんさん、これからもがんばって下さいね。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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