名著『逝きし世の面影』の著者、渡辺京二さんの『無名の人生』が8月20日の発売直後から話題となっている。「成功、出世、自己実現などくだらない!」と断言する、渡辺さん流の「人生論」「幸福論」。自身のことを語るのを好まない渡辺さんの著作としては、異色の本だ。この本が話題となっていることをどう思うか、渡辺さんにあらためて聞いた。
――渡辺さんは、この本で「生きづらい人びとにエールを送りたい」とおっしゃっていますが、何が現代人を生きづらくさせているのでしょうか?
今の世の中は、いろんな面で、豊かで、自由で、ルーズになっています。
「文明」というものは、生きることが、快適であるとか、楽であるとか、そんなに苦労しないで済む、という方向に発達してきました。
人間関係のあり方にしても、そうです。
嫌なしんどい人間関係から逃げるのも比較的容易になりました。もちろん、大企業に勤めたり、公務員になれば、安定した待遇と引き換えに、それなりにしんどい世界もあるでしょうが、自分が気持ちよくやれるところで生きよう、ということが、ある程度かなう社会です。昔の人間と比べると、今の人間は、生きるのが非常に楽にはなっている。かつてであれば、ある共同体に所属しなければ、人は生きられませんでした。共同体からはずれてしまえば、それこそ物乞いでもするしかなかったのです。
――それに対して、現代は違います。
そう。今は、共同体というものがなくなって、もっとフリーな人間関係のなかで生きていけるようになった。けれども、現代を生きる人びとは、昔の人間よりも、ストレスを感じながら生きていて、大変しんどい思いをしている。なぜか?
「平凡な一生を送ってはいけない」「社会的に認められた自分にならなければならない」と思い込んでいるからです。そういうプレッシャーが、今ほど強い時代はありません。昔の人間なら、「平凡な一生で終わって結構です」。ところが今は、「平凡な一生を送っては、生まれてきた甲斐がない」。
「何らかの形で、人に、社会に、認められなければならない」というプレッシャーに押しつぶされて、苦しんでいる人が多いように思えます。だから、そういうプレッシャーとは無関係に、自分の好きなことだけやってきた僕でも、何とか生きてこられたと知って、「それなら自分も大丈夫」と思って下さる方がありはしないか、と。