「さらば、昭和の大衆食堂『聚楽台』」を書いたのも、愛された店を失うことへの想いからだった。わたしたちはともすると、「いつもそこにあるのが当たり前」と錯覚しがちである。または、足繁く通う店にしても、いつどんな変遷をたどるものか、これはもう誰にもわからない。「それゆけ! きょうもビールがうまい」のなかで取りあげた古参のビアガーデン「銀座松坂屋 麦羊亭」にしても、ビルの建て替えのため昨年夏で閉店することになった。毎夏通っていたのに、この夏はあの屋上でぴちぴちの新鮮なビールを飲めないと思えば、名残惜しさがいっそう募る。だからこそ、一軒一軒の存在をこころに留めてだいじにしたい。「聚楽台」は、ビル建て替えののちテナントとして入って新装開店するとのことだったけれど、いざ再開してみるとそのすがたはなかった。
しかし、せつない別ればかりではない。「サンドウィッチは銀座で」ではとびきり魅力的な七つの店のサンドウィッチを紹介したが、そのなかの一軒「はまの屋パーラー」は二〇一一年十二月末から二ヶ月、店を閉じていた。オーナーが変わって新装開店すると聞いたが、となると、あの「玉子サンドゥイッチ」は消えてしまうのか、フルーツサンドは、インディアトーストは。あたふた動揺し、しょげかえった。しかし、頃合いを見計らって再開後におそるおそる足を向けてみると、おやまあ! あの誠実きわまりないサンドウィッチも、昭和の空気をまとうメニューも、のんびりくつろげるレンガ色の椅子やテーブルも、なにも変わっていない。信じられない思いで訊くと、現在のオーナーがそもそも「はまの屋パーラー」を好きで、その味と雰囲気をだいじにしたいと守っているというのだ。黙々とサンドウィッチをつくっていたワイシャツにネクタイのおじさんも、サービスのママさんたちのすがたもないけれど、いま活気のある青年たちがカウンターの向こうに立って「はまの屋パーラー」の味を忠実に再現している。ここの「玉子サンドゥイッチ」は、焼きたてのふくふくとあたたかい卵焼き入り。みんなが愛しているお日さまみたいな優しい味に逢いたくて、有楽町に出向くたび、やっぱりまた足が向く。
百年二百年つづく味がある。いっぽう、百年二百年つづくと誰もが信じていたのに道半ばで途絶えた味もある。さらには、つよい意志に支えられて甦る味もある。「かんだやぶそば」の火事の翌々日、ぐうぜん開いた新聞を読んで、わたしは目頭が熱くなった。四代目店主のコメントが寄せられている。
「伝統が味をつくるのではなく、技術が味をつくる。再建後も同じ味は出せる」
このたくましさ、不屈の精神こそ日本の味を鍛え、育ててきた核心に思われてこちらのほうが励まされた。オムライスにも、サンドウィッチにも、大阪のてっちり鍋や滋賀の山奥の熊鍋にも、惹かれるおいしさのなかには味覚にかちりと響く一本の芯がある。そこをこそ果敢に味わいたい。食べることでだいじに守っていきたい。
二〇一三年 初夏 著者
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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