書評

解説――「筒井康隆化」する世界

文: 市川 真人 (批評家/早稲田大学准教授)

『巨船ベラス・レトラス』 (筒井康隆 著)

 SNSやブログのようなネットワーク上の空間では、現実社会で固有の名前を持った存在と、誰かのハンドルネームである存在と、そこに浮遊する言葉を自動的に収拾し組み合わせる「bot」と呼ばれる存在とが、同じレイヤーで対話を行う(「自作自演」なる言葉のとおり、ときには同じ人物同士で会話がなされることもある)。日々書き込まれ、更新されるネットワーク上の言説は、どこまでがリアルでどこからが虚構かの線引きが定かでないことも珍しくないし、目の前に書かれた或る言葉とその隣にある別の言葉とのあいだの時系列が、直線的でも一方向でもないのは日常茶飯事だ。しばしば「ネタとベタの混在」などとも呼ばれる、異なる階層間の往還が、今日の私たちの周囲には満ちている。かつて筒井氏は、「小説は本来虚構であるが、わが国ではその虚構性が軽視され蔑視される時期が長く続いた」といい、「狭い意味での経験主義」的な書き方や読み方を批判して、「虚構性を強調した虚構」としての「超虚構」という概念を語ったが(前掲書)、いまや私たちの世界の言説そのものが「超虚構化」しつつあるのだ。

 だから、本編内に登場した「筒井康隆」が、もはや自分が話しているのが「小説」の中であることなど忘れてしまったように、執筆の現在時に生じた著作権問題について、実在の出版社やその社主・実在の編集者・実在の解説執筆者・おそらくは実在の弁護士などを次々と作中に登場させて、問題の経緯と現状とを克明に記してゆく最終章の奇矯さも、今日ではあまりに自然に読めてしまうかもしれない。無断出版されたとされる書名「満腹亭へようこそ」で検索した読者は、該当の古書が大手ネット書店などで売られていることを発見し、おそらく事件は実際にあったのだと判断するだろう。けれども、著者の公式サイトを訪れて「北宋社著作権侵害事件に関する新聞各社FAX送信内容」なるタイトルで、本作品中に書かれた内容の要約とでも呼ぶべきページが(しかも「前代未聞! 無断でわが短篇8篇を集めてまるごと単行本(短篇集)に!」というなんともキャッチーな見出しつきで)公開されているのを発見し、本作品の扉や奥付に書かれているのと同じ「筒井康隆」という小説家の署名をページの文末に見出せば、事態は一気に怪しく、事件やそのサイト自体が周到に仕組まれた作品(フィクション)のようにも見えてくる。作中の該当箇所に戻ってみれば、談判の相手方からの最後の手紙では「筒井康隆」の著者名が「筒井康孝」と、あたかも実在の人物をもじった虚構の人物名のように誤記されていたと書かれているのだから、よく考えればその手紙自体もまた筒井康隆の書く作品のようでもあり、相手方弁護士が書いた小説のようでもある。

 著者の許諾を得ずに書籍を刊行することが可能であるならば、書いた覚えのない文章が自分の名前で流布されることはいまやそれと同じかそれ以上に容易である。“「筒井康隆」という署名で書かれ出版された、筒井康隆以外の誰かの手になる作品は、筒井康隆の作品であるか否か”という問題がそこには隠れている(botはしばしばそのようなものだ)。しかも、そうした一連の流れ自体が「釣り」と呼ばれて今日のインターネットなどではよくある話だったりもするのだから、もはや、私たちの生きるこの世界自体が、筒井康隆の小説を模しているようにすら思えるのだ。

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巨船ベラス・レトラス
筒井康隆・著

定価:580円+税 発売日:2013年11月8日

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