書評

愛すべき“ぷらぷら人間”亀岡さん。僕が映画出演を即決した理由。

文: 山﨑 努 (俳優)

『俳優・亀岡拓次』 (戌井昭人 著)

 ややこしい理屈をこねたりしない。決められたスケジュールに従ってのこのこ出かけて行き、用意された衣裳を着て指示どおりカメラの前に身を曝す。いや曝すなどという大げさな意識はない。

 ほどほどにいいかげんな有りようがすばらしい。堅苦しいこだわりがない分亀岡さんは自由だ。せりふを忘れたってそれはそれ、出任せのアドリブで軽々とこなしてしまう。要するに彼にとって日常と虚構は地続きなのだ。すたすたずかずか出入りする。

 ハリウッド映画に出たときはさすがの亀岡さんもいささか戸惑った。台本も渡されず、役柄も皆目わからず、モロッコの砂漠にこい、と航空券だけが送られてくる。もちろん亀岡さんはいく。道中いろいろあって、ようよう現地に辿り着く。さて、で、どうすればいいの。わたしはなにをやればいいの。

「向こうの方でラクダを引いて、歩いてください」「はい。それから?」「それだけです」。手綱を持って延々と歩く。「もの凄い」暑さで頭がクラクラ、なにがなんだかわからない。なにをしようにも手がかりがない。「どこまで歩かされるのだろうか?」。熱中症寸前で「カーットOK!」カメオカさん最高、とここでも大賛辞。以上で撮影は終りです。え? そのあとも放ったらかし。いったいこれはなんだったのかな……

 この状況に似た悪夢に時々俳優はうなされる。何者になればいいのか知らされず、無理矢理舞台に押し出される。派手な照明が当てられる。困った、どうしよう。落ちつけ、なんとかなる、これまでもなんとかなってきたんだ。そうだ、他人の気配にリアクションしていれば、そのうちに「役」の見当もつく、と必死に探る。しかしいつまでたってもヒントはない。困った困ったで目が醒める。

 でも亀岡さんはそれほど困っていないようだ。大体がぷらぷらふらりと夢のような暮らしをしている男なのだ。

 赤提灯の女の気を惹くためにオムツをして飲みにいく件りがケッサク(なぜオムツかは下ねたの前段がある)。結局はふられ、オムツ姿を披露できずに帰る道すがら「亀岡は小便をしたくなった。オムツを穿いているので、このまましても問題ない。少し迷って、歩きながら、ちょろ、ちょろ、と小便を出し、もう構わねえやと一気に出し始めると、股間が温かくなってきて、身体から力が抜けていった」。この芸当はかなり難しい。

 戌井昭人は愛すべき自然体の「どんぶらこ」的不良俳優像を作り上げた。亀岡さんにはストーリーやキャラクターを与えなくていいのかもしれない。シチュエーションのみ示してやれば。

『柔らかな犀の角』より転載)

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俳優・亀岡拓次
戌井昭人・著

定価:本体680円+税 発売日:2015年11月10日

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