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以上は、四年前、週刊文春二〇一一年一一月二四日号の「私の読書日記」に載せた感想文。
その後、去年、ある雑誌で戌井さんと対談する機会があり、「亀岡さん」の「ぷらぷらふらり」の行状を肴に、思えば僕らもどちらかといえばぷらぷら人間だなあ、などと語り合い、愉しい時間を過ごした。
それからも『俳優・亀岡拓次』は大好評で読者を増やし、とうとう映画化されることになり、なんと僕にも出演依頼がきた。ゲロ連発技を絶賛する監督役で、もちろん即引き受け、今年四月、上諏訪でロケをした。主人公を演じる安田顕さんは文句なしのどんぴしゃり、戌井さんもゲロ技にやられてしまう侍役で参加、二人を相手にしていると、亀岡さんもどきが三人集まったみたいな妙な気分になって、おもしろかった。
加えて今回の文庫版にもこうして関わらせてもらい、亀岡拓次はもう親しい友人、といった感じ。そして彼のおかげで、俳優業も満更でもないな、と改めて思ったりしている。
小説のなかに、任侠映画で一世を風靡した名優が出てくる。七二歳のこの国民的ヒーローは、酒も飲まず煙草も吸わず、黙々と筋トレに励み、身体を鍛えている。昼食は大きなタッパーに詰めたブロッコリーのみ。柔らかく煮た自家製で塩すらかかっていない。もう二〇年以上、昼はこれしか食わないのだという。便通が良くなる美容健康食なのである。指でつまんで、ゆっくり噛んで、飲み込む。特別旨そうではないが、淡々と食う。
老優は普段も当たり役の極道のようにふるまう。若いスタッフ、俳優にも敬語で喋る。「すんません」「芝居の邪魔にならねえですかね?」とヤクザ口調がかっこいい。どうやら夢(役柄)がうつつの方に滲み出てしまっているらしい。
わが亀岡さんは、この極道まがいの老人にすっかり参ってしまい、兄弟の契りを結ぶ。いささかコッケイだが、その軽薄さも彼の魅力。実は僕も老名優の食いっぷりに感化され、嫌いなブロッコリーを好んで食うようになった。塩は少しかけるけど。
二〇一五年九月