2005.06.20 インタビューほか

天国のような喜劇の世界
笑いの天才P・G・ウッドハウス
岩永正勝×小山太一

「本の話」編集部

『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻』 (P・G・ウッドハウス 著/岩永正勝 小山太一 編訳)

さらっぴんの笑い

小山 ウッドハウスの小説は絶妙の平衡感覚で人生の暗いものを避け続けていくという感じがありますが、本人は明るい生い立ちの人じゃないんでしたね。

岩永 親戚をたらい回しにされたりして、かなり不幸だったんですよ。奥さんのエセルというのも、僕は世界の三大悪女の次にくるような悪女だと思うんだけれど、ウッドハウスは最後まで尽くす。不思議なくらいやさしいんだ。

小山 不幸を不幸と感じない人だったのかな。心のなかに不幸を中和する装置みたいなものがあって、彼の見る世界から不幸な要素は捨象されていたのでは。

岩永 人を楽しませるので頭が一杯で、自分の不幸まで気が回らなかったとか。

小山 ああ、そうかもしれない。ウッドハウスが古びないのは、いつまでもまっさらだからなんですよ。彼のユーモアは、さらっぴんの笑いのままで、ずっと変わらなかった。世の中が第二次大戦とか、暗い暴力の時代をくぐり抜けていっても、全然。

岩永 九十歳以上まで長生きしたわけだけど、最後のほうになると、自分自身が小説の世界に住んでると思っていたんじゃないかしら。

小山 あ、そうかもしれませんね。それは幸せだなあ。自分の世界に住むというやつですよね。

岩永 きっと葛藤はあったんだと思うんですよ。けれど、出てくる文章は秋の青空みたいにすっきりしていた。

小山 ウッドハウスと同じものを探すとしたら、落語の若旦那ものとか、そっちのほうにいっちゃうんじゃないですか。あの向こう見ずな気楽さというか。岩永さんが以前、ウッドハウスは日本語に訳すと林家(はやしや)なんだ、という文章を書きましたけれども、むちゃくちゃなようでいて、かなり当たっているような気がします。

岩永 僕が英国ウッドハウス協会の会誌に寄稿した、ウッドとハウスで林家というやつね(笑)。

小山 小津安二郎もウッドハウスに近いユーモアの持ち主だと僕は思うんですよ。戦前の《淑女は何を忘れたか》なんていう作品は、非常にウッドハウス的なものを感じさせます。マニエリスティックな呼吸の会話など、よく似てるなあと思うことはありますよ。

岩永 実際に小津はウッドハウスの本を読んではいなかったんだろうか。

小山 読んでたとしても、おかしくはない。いや、読んでたと思いますよ。ウッドハウスは戦前の日本のモダン都市文学という文脈にはまってかなり紹介されていたし、小津はすごくモダンな青年だったから、ウッドハウスの載った「新青年」は読んでたでしょう。うん、ウッドハウスを読む小津安二郎って、なかなかいい図かもしれませんよ。

【次ページ】人工的かつナチュラルな

ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻
P・G・ウッドハウス・著/岩永正勝 小山太一・編訳

定価:本体552円+税 発売日:2011年05月10日

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