5年前、『ウェルカム トゥ パールハーバー』で、第2次世界大戦前夜のアメリカで日米開戦阻止に奔走する日本陸軍の将校ら、スパイ活動に身を投じる男たちを描いた西木さん。小誌連載をまとめた最新作は、同時代のベルリンを舞台に情報戦が展開される。
しかし、今回の主人公は、将校ではなく、アルゼンチンの海軍大佐を父に、日本人芸者を母に持つ美貌のタンゴダンサー、エヴァ・ミツ・ロドリゲス。一見、大胆な設定にも思えるが、エヴァの母親は実在のモデルがいるという。
「日露戦争時、日本がアルゼンチンから購入した2艦の軍艦を運んできた海軍大佐が、横須賀で出会った芸者をブエノスアイレスに連れて帰り、子どもも生まれたという事実を、20年前に彼の地で知ったんです。日本ではほとんど知られていない話ですが、ずっと取り上げたいと思っていたので、ついに実現しました」
ベルリンで活動をはじめたエヴァがめぐり会った運命の男が、商社員だという吉川公夫。しかし、吉川は日本の戦争回避のため、時には2重スパイも辞さない日本陸軍の諜報員だった。高級娼婦でもあるエヴァは、愛する吉川のため、ナチスドイツの幹部はじめ様々な男から情報を引き出すようになり、吉川もエヴァには涙も見せる。
「娼婦を使ってスパイ活動をするという話はほかにもあると思いますが、娼婦をただの道具として使わず、諜報員である男自身も彼女に惚れている、というのを絶対書きたかったんです」
つかの間の穏やかな時間を過ごす2人だが、時は1941年。独ソ戦勃発など緊張を増す世界情勢の中で、日本の参戦阻止のため、吉川はエヴァのいるベルリンから遠く離れた地で活動を行うことも多くなる……。
類まれなる取材力で、これまでも専門家に先んじて新事実を明らかにしたこともある西木さんだが、今回もその力は細部にまで遺憾なく発揮されている。ベルリン、イスタンブール、カイロといった舞台となる場所のすべてに赴いた。また、『ウェルカム トゥ パールハーバー』にも登場する、第2次世界大戦のキーマンであるイギリスのワイズマン男爵が、作家でスパイでもあったサマセット・モームのいとこだったという事実も発掘、単行本化にあたって加筆されている。
さらに、最も苦労したという吉川が横断するリビア砂漠の過酷さについては、過去二回、自身がサハラ砂漠を横断した折の経験が生かされたという。
ブエノスアイレスで出会い、二十年間温めてきた構想を、世界各地での緻密な取材と経験で書き上げた、本人も認める集大成の一冊となった。
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