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ブームに踊る人々を描く七篇

ブームに踊る人々を描く七篇

構成:青木 千恵 (フリーライター)

『ちょいな人々』 (荻原浩 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

批判ではなく疑問として表現

――続いて、「占い師の悪運」「いじめ電話相談室」は、かなり真正面な話ですね。

 スピリチュアルや占いブームに対して、「ほんとかよ」と、ものを言いたかったんです。本当に信じて、高い壺を買ってしまう人もいるわけだから。それから、いじめを糾弾する人も、どこかで誰かをいじめてるんじゃないかという疑問です。自分とは関係ない、自分はいじめを批判してる側だと思ってる人たちに、「本当に加担していないの、大人の世界にいじめはないの?」というようなことを言いたかった。小説は、何かに対してストレートにものを言うものではないとしても、この二作については、ストレートに言いたいことは伝えてしまおうと。いじめで悩んでいる子供に、「過ぎてしまえば大したことじゃなくなるよ」ということも伝えたかった。

――「犬猫語完全翻訳機」は、犬と猫の書き分けが生きていて、おかしかったです。「正直メール」と連作で、前者は犬猫の肉声が聞ける“ワンニャンボイス”、後者は携帯メールを声紋分析で送る“フィンガレスホン”という新製品をめぐる話です。

 これはペットブームと携帯メール社会についての作品です。動物って、飼っている人が思うほど、人に懐(なつ)いていないんじゃないでしょうか。批判ではなくただの疑問で、犬と猫の気持ちになって書いてみました。それから、高校生の一日に携帯電話を使う時間が「三時間以上」という調査結果があって、僕も、締め切りを「すいません、延ばしてください」というときはメールを使ってしまうから(笑)気持ちはわかりますが、やはり、一日の八分の一を携帯に費やすのは「ちょっとおかしくないかい?」というおじさんの戯言(たわごと)のようなものを小説にしてみました。

――最後の「くたばれ、タイガース」は、少しテイストが違う作品になっていますね。

 実は、僕は阪神ファンで、どうでもいいような阪神のグッズを捨てられない登場人物の姿はまさしく僕のことなので、この小説の野球に過熱する人々に対して皮肉っぽい感情はなく、終始やさしく見ているつもりです。タクシーに乗ると、昔は必ず運転手さんが野球中継のラジオを聞いていて、「だめですね」と、いきなり野球の話をしてくる。「だめですね」の主語に「巨人が」が抜けてる(笑)。セールスマンも、町工場に営業に行って、ジャイアンツのカレンダーがあったら、「いやあ、最近強いですねえ」と言いながら工場に入っていく。興味がない人にとっては馬鹿馬鹿しく見えるだろう人々のことを、阪神ファンの恋人と巨人ファンの父親をもつ女の人の視点で書きました。

――どうして日本人はこうも周囲に合わせ、流されてしまうんでしょうか。

 やっぱり世間がこういうふうにしてるんだから自分もこうしないと、と。日本人だからじゃなくて、人間ってそういうものなんだと思います。たとえば、昔はシャツをズボンの中に入れてましたよね。そのあと若い人がダーッと出すようになって、僕も出すようになり、最近また入れるほうが多くて、気がつくと入れてたりする(笑)。「俺は三十年前からこれだ」という人になりたいかというと、なりたくはない。みんなとちょっと合わせたり、「素敵」って言ってくれる人がいるかもなんて、淡い期待を少しは抱きながら、そういう小さい人間のままで生きていって当たり前かなと感じます。

【次ページ】「いじめ」と「ブーム」の共通点

文春文庫
ちょいな人々
荻原浩

定価:649円(税込)発売日:2011年07月08日

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