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ブームに踊る人々を描く七篇

ブームに踊る人々を描く七篇

構成:青木 千恵 (フリーライター)

『ちょいな人々』 (荻原浩 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #小説

「いじめ」と「ブーム」の共通点

――ただ、「ちょっとそれは違うんじゃないか?」と、薄々思っていることもあるわけですね。とりあえず“ブーム”が去るまで、少なくない人が黙っているところを、面白く小説にしてくださっていると思います。

 「いじめ」と「ブーム」という現象をあえて一緒くたにしてしまうと、どれも自分だけ外れたくないということですよね。突出したくない。世間の人というのは、どこか遠くの誰かを持ち上げて、できないことをしてもらって、でもその人がずっと持ち上がったままでいると何となく腹立たしいから、次は落とすようなことをし始める。持ち上げて落とすことの繰り返しです。そのサイクルが速くなっていて、逆にいうと、たとえば星野監督とか、この夏に一度落とされた人でも、来年はまた笑っていることもあり得る。ものの考え方、流行、センスといったものが、全部消費されていくというか、「次、何?」というふうになってるのかもしれないですね。だから、あ、またこの人が祭り上げられて、というのを見てると、「大丈夫かいな」という気持ちになることはあります。でも、やっぱり僕自身も、世間と一緒ですよね。たまたま小説を書いていて、へそ曲がりな見方をするからこういう話になりますが、自分が特別な目とか考え方を持っているとは全然思っていない。凡人ですし、普通でありたいと思っているんでしょうね。そうじゃなきゃ書けないこともあるんじゃないかな。

――見方がフラットなんだと思います。どちらかの流れに加担する意思がなく、個人攻撃がない。占い師の話も、もの申す気持ちがあったとは思えないほど小説としての世界が丸くできているから、メッセージ性よりも話の面白さだけ残ります。

 この本は、「こういうブームってどうなのよ」と、ちくっと言いたいところから生まれた話ばかりですけれど、ストレートに見すぎると怖いから、批判的なことはオブラートで包んで、読み終わった後にそうかと気づくぐらいのものにしようと思っているんです。自分自身を茶化し、世の中を茶化し、実は読む人をも茶化している。ただ「くたばれ、タイガース」に関しては、くたばれとは絶対思っていないし、僕の親父が巨人ファンなので、あのお父さんはどこか自分の父親を投影していますね。

――父親が巨人ファンで、荻原さんは、どうして阪神ファンになったんですか。

 だから、それが僕の性格を物語っている(笑)。子供のときは辛かったですよ。孤立感がありました。埼玉だったんですけれど、本当に、クラスで一人だけの阪神ファンだったんです。もともとの性格がへそ曲がりで、人から言われると違うことをしてみたくなる。

――デビューから十年が過ぎて、この本で二十一作目。振り返ると、非常に幅広い作品を手がけてこられましたね。

 ずっと広告の仕事をしてきて、小説のための文章修業をしたことがなく、書きながら、自分に何ができるのかなと模索して、いまだにその延長線上にあると思います。デビュー作の前に作品やアイデアのストックがないから、他にもできるかもしれない、やってみたいと、いろいろ手を出しました。映画化された『明日の記憶』の後、「次もシリアスでどうですか」と言われて、逆に笑えるほうに戻りました。この本に収録された短篇は〇六年初出だから、その時期じゃないかな。こいつはこういう感じの奴だとポンと軽くレッテルを貼られそうになると、スルッと逃げようとするところはあると思います。デビュー時は、小説は自分の職業・家庭生活と別ものと考えていて、奥さんに「五冊くらい行ってみようか」と話していたのが、二十一冊になったのは自分でも不思議です。だんだんと数ではなく、よりいっそう質のほうにシフトできたらなあと。

 ストーリーでドタバタする小説が多いですけれど、理想は美しい文章です。もともとの仕事がコピーライターだったせいか、本筋に関係ないところで一行、二行が気になるんですよ。これとこれは引っ繰り返したほうが絶対にいいとか、校正の人は「てにをは」をこれが正しいと言うけれど、逆に間違えちゃったほうが面白くなるとか。徐々に全体の流れを考えて、凝(こ)りすぎないようにすることに気づきましたが、自分は一行、二行でやってきた人間だから、小説の文章でもそこは努力してやろうとは最初から思っていました。あとは年齢との闘いかもしれないです。

――年齢との闘いというのは、体力的なものですか。それとも、精神的な若さが問題になるのでしょうか。

 両方ですかね。若い人をこれからも書いていきたいけれど、いつまでできるんだろう。人間の気持ちはそんなに変わらないと思いますが、これまで若い登場人物を出していたのは、子供が身近にいたからで、子供たちは二人とも成人してしまいましたし。まあ、あえて無理しないで、自分の周りの世界の書けることを書いていこうかなと思います。

文春文庫
ちょいな人々
荻原浩

定価:649円(税込)発売日:2011年07月08日

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