書評

世界の片隅の幸福を祈る物語たち

文: 東 直子 (歌人・作家)

『漁師の愛人』 (森絵都 著)

 短編「あの日以降」では、女性たちが震災をきっかけにそれぞれの恋人との関係を見つめ直す。主人公の藤子は、働いていたカフェのオーナーである恋人が地元の東北にボランティアに行ったきり戻らないことを案じている。一戸建てをシェアして暮らしている藤子の友人の「ヨッシ」は、妻子ある「おーちゃん」との恋愛関係に於いて、震災をきっかけに齟齬が生じている。

 藤子と「ヨッシ」が、強い余震のあった夜に向きあうシーンがある。

 こんなことくらいで泣きごとを言うわけにはいかない。内心では二人ともわかっている。だって、私たちは観てしまった。くりかえし、幾度も、あのむごい津波の映像を。家族や家を失った人たちの深い嘆きを。今も被災地で救援を待っている大勢の姿を。だから、私は口が裂けても高峯さんに帰ってきてとは言えない。

「ま、東京の震度4くらいは、ね」

「減俸や失恋くらいは、ね」

「まだ失恋って決まったわけじゃないけど」

 女二人の愚痴合戦は尻すぼみに終幕し、私たちはおのおのの部屋で安らかならざる眠りにつく。

 問題は、私たちが今、幸せであったらいけないと感じていることかもしれない。

 被害のほとんどなかった人間が、泣き言を言ってはいけない、延いては幸せであってはいけないように思う。自分もいつの間にかそんなふうに感じていたような気がする。「絆」「不謹慎」といった言葉をキーとして、世の中がなんともいえない圧迫感に覆われていた。

 被害が少なかったからといって、思ったことを言えなかったり、幸せを望んではいけない、なんてことは決してないのだ。しかし今でも、身近な人を亡くした人などが、自分が生きていることに対する罪悪感を感じてしまっているという。

 ふと、井上ひさしさんの戯曲『父と暮せば』を思い出す。一九四五年の夏、広島に落とされた原爆を生き延びた女性がつつましく生きつつ、死んでしまった友達のことを想う場面がある。自分より美しく優秀な友人が死んで、自分が生き残ってしまったことへの自責の念を述べる。胸がつまるが、多くの被爆者が、生き残ったことへの後ろめたさを井上に語ったのだという。

 先日、NHKの番組で震災をテーマにした短歌の選、および歌会に参加した。今年のお正月に、震災以来はじめて仙台の郷土料理である焼きハゼ入りお雑煮を食べたが、亡くなった人の顔が浮かんで涙があふれて箸がつけられなかった、という内容の歌が寄せられた。新年のごちそうを前にして、自分だけがそれを食べられることへの罪悪感が流させた涙のように思う。

 この世に生きている人が、幸せを望んではいけない、わけがない。と、言葉でいくら言ったとしてもうまくは伝わらない気がする。物語というフィクションの中の人物の心によりそい、一緒に考えて、感じていく方が、やさしく、やわらかく、魂に響くことだろう。

 一人の女性の「あの日以降」の心の揺れを繊細にすくい上げ、様々な立場の人との対話をすることによって立ち直っていく姿が、静かな感動につながり、勇気を与えてくれる。

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漁師の愛人
森絵都・著

定価:本体580円+税 発売日:2016年07月08日

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