- 2017.01.07
- 書評
クレと桜子の苦難の道のりに、台湾のわが家族の運命を重ねて
文:東山 彰良 (作家)
『桜子は帰ってきたか』 (麗羅 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
作者の麗羅氏は二〇〇一年に永眠された。
本名は鄭埈汶(チョンジュンムン)、日本名は松本修幸という在日韓国人作家である。手元にある資料によれば、一九二四年韓国の慶尚南道咸陽郡に生まれ、三四年に渡日している。日本に出稼ぎに来ていた父親に呼び寄せられたという形であった。
四四年には陸軍に志願兵として入隊したが、どういうわけか一カ月で除隊して日本へ帰還。その後、終戦の混乱に乗じてふたたび故郷の咸陽へ帰り、そこで小学校の教師になっている。
韓国で左傾し、南朝鮮労働党の秘密党員となったのが二十二、三歳のころ。工作員として、アメリカの傀儡である李承晩政権転覆のために暗躍した。ところが四七年に韓国警察に逮捕され、激しい拷問の末になんと背骨を三カ所も折られてしまうのだ。死を覚悟したが、父親が田畑を売り払った金で警察を買収してくれた。麗羅氏は死者として棺桶に入れられ、そのまま親族に引き渡されて九死に一生を得たのだった。
そのような話は珍しくはあるが、そうかといってまったくないわけではない。前述のとおり、わたしの祖父は国民党側について戦ったが、あるとき兄弟分が共産党に捕まって死刑の宣告を受けた。しかし、そのとき共産党側にもやはり祖父の兄弟分がいた。けっきょく裏から手をまわし、どこのだれとも知れない無縁仏を用意してもらい、それで死刑が執行されたということにした。捕えられていた男は、そのようにして命拾いをしたのである。
さて、九死に一生を得たものの、麗羅氏の受けた傷は深かった。古来、朝鮮の山村では骨折の妙薬として糞尿が用いられていたそうだが、麗羅氏もたらふく飲まされた。そのへんのことは一九七三年六月二十四日号の「サンデー毎日」に氏が自ら語っている。
傷が癒えてから密航船で単身日本へ渡ると、パチンコ店員や不動産業者、そして高利貸しなどを経て、執筆活動をはじめた。この高利貸し時代の体験をもとに書かれた推理小説『ルバング島の幽霊』が第四回サンデー毎日新人賞(推理小説部門)を受賞し、本格的な文筆生活に入る。一九七三年のことであった。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。