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クレと桜子の苦難の道のりに、台湾のわが家族の運命を重ねて

クレと桜子の苦難の道のりに、台湾のわが家族の運命を重ねて

文:東山 彰良 (作家)

『桜子は帰ってきたか』 (麗羅 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 いやはや、なんともすさまじい経歴だ!

 麗羅氏の著作は多数あるが、一九八三年に本作『桜子は帰ってきたか』で第一回サントリーミステリー大賞の読者賞を獲得している。ちなみにその年の大賞受賞作は鷹羽十九哉氏の『虹へ、アヴァンチュール』という作品であった。当時の選考委員であった田辺聖子氏は、審査評で次のように書かれている。

 私は麗羅さんの「桜子は帰って来たか」を一位に推した。骨組もしっかりしていたし、文章もぶっきらぼうでいながら、練達の妙味が感じられ、何より主人公といってもいい「クレ」という男に存在感があった。(中略)推理小説で、人間の運命や歳月を考えさせてくれたら、これはもう、みごとなロマンといっていい、と思った。
(「オール讀物」一九八三年五月号)

 単行本はその年に文藝春秋から刊行され、文庫化されたのが一九八六年。そのとき解説を担当したのもまた田辺さんであったことは、先の抜粋を読めば当然の成り行きであろう。審査評のときの興奮がそのままに、いや、むしろより美しく昇華されていることに気づかされる。

 読み終り、巻を閉じて私たちはそこに、人間の運命と歳月の流れをみる。
 歳月の川に浮き沈み、輪廻する人生曼陀羅を見る。
 結末は悲劇ではあるが、悲しみは昇華され、喨々たる唄声が余韻にひびいて、すがすがと心は洗われる。

 このたび、本作が約三十年ぶりに復刊する運びとなった。

 じつに喜ばしいことである。文藝春秋の英断がなければ、わたしはこの作品と巡り合うこともなかったはずだ。危ない、危ない。わたしの記憶や血をこんなにも騒がせる作品には、そうそう出会えるものではない。あの戦争を直接知る世代だけでなく、わたしのように戦争を間接的にしか知らない世代、さらには間接的にすら知らない世代にもぜひ読んでほしい。この本に描かれているのはたしかにフィクションだが、それはあの時代を生き抜いた者のみが知りえる痛みや絶望、そして絶望の先に垣間見える希望に裏打ちされているのだから。

 ところで、わたしがはじめて小説を投稿したのも、サンミスであった。あれはたしか二〇〇一年のことだったと思う。奇しくも麗羅氏が亡くなられた年である。わたしの作品は一次選考であっさり消えてしまったが、今回復刊を果たした文庫版解説を書かせていただけたことは、幸運であると同時に奇妙な縁をも(勝手に)感じてしまった。本作はもちろん初見であったが、クレと桜子の苦難の道のりに、わたしは図らずも我が家族の苦難を透かし見る想いであった。

 ともあれ、一読を乞う。

文春文庫
桜子は帰ってきたか
麗羅

定価:825円(税込)発売日:2016年12月01日

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