書評

作家デビュー25周年。あらためて再評価されるべき、真保裕一の名作復刊。

文: 西上 心太 (文芸評論家)

『ストロボ』 (真保裕一 著)

 一人の男の人生を、現代から過去へとさかのぼっていくことで、彼の立場や、心の持ちようの変遷が、より克明に浮かび上がってくる。名誉や地位や金を得たものの、情熱を失いかけた「現在」。恐いもの知らずの上昇期。貪欲に経験を積み、テクニックを磨こうとする若手時代。肥大した自信で不安を打ち払い、ひたすら前に進もうとする学生時代……。

 その時の喜多川のありように加えて、どのエピソードにもひねりの利いた意外性のある結末が用意されているのだが、いわゆるミステリー的な真相の背後から、主人公の喜多川が疑問に思っていた関係者たちの言動や、行動の真意が浮かび上がるのだ。

 たった一度被写体になっただけの縁の薄い女性が、なぜ遺影の撮影を喜多川に依頼してきたのか。喜多川と深い関係になったわけではなく、仕事を振り返っても一向に思い出せない女性であるのに。男を踏み台にしたはずなのに、なぜ利用し尽くさないまま女性カメラマンは身を引いたのか。売れっ子で女好きのカメラマンが、なぜすっぱりと女性の撮影をやめたのか……。

「心理的な日常の謎」ともいうべきこれらの謎と、各エピソードの中で現れるメインの謎がからまり合い、互いが関連して氷解したとき、短編ミステリーとしての切れ味をいっそう鋭いものにしているのである。

 そしてもう一つ、この作品集には重要な狙いが隠されている。第五章は「現在」、以下の章は「過去」である。だがいずれの章も、最初のパラグラフはそれぞれの時代の「現在」であり、次のパラグラフから過去を振りかえるという構成になっている。一方、全体を俯瞰した場合、第五章で描かれている「現在」の喜多川光司が、自分が体験したおりおりの過去を振りかえっていると読み取れるように、構成されていることに注目してほしい。

 そしてそのおりおりに、なくてはならない人物が、喜多川の妻、喜美子である。現在の喜多川と喜美子は、嵐のあとの凪いだ海のような状態である。以前は夫の浮気に心を乱されたり、かいがいしくスタッフたちの面倒を見ていた時期もあった。そしてやがて結婚に至ることになる北川浩二との出会いもあった。興を削いではいけないので詳しくは書かないが、第二章の最後の文章にある喜多川が「ゆっくりと言葉を選び始め」て話を始めた相手こそ、長年にわたって関係することになる人物であり、その話した内容そのものこそが、第一章なのである。

 一編一編の面白さに加え、全体的に実に緻密に構成されていることに、あらためて驚かされた。わたしもそうであったが、第一章を読み終えたら、必ずや冒頭の第五章からもう一度読み返したくなることだろう。

 本書は一人の男の軌跡をたどった見事な小説であり、人間模様の綾が織りなすミステリーでもある。真保裕一を語る時はどうしても長編が主体となりがちであるが、本書は真保裕一の数ある傑作長編にも比肩しうる、あらためて再評価されるべき逸品なのである。

ストロボ真保裕一

定価:本体740円+税発売日:2016年07月08日


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