超・悪徳刑事、三度(みたび)のお目見えだ。
これが芝居なら、大向こうから「待ってました!」と声が掛かるところ。本書『銀弾の森 禿鷹(はげたか)3』は、禿富鷹秋という名前から「禿鷹」という二つ名で呼ばれる悪徳刑事が悪の限りをつくす、おなじみシリーズの第三弾である。
不幸にして、このとてつもないキャラクターが大暴れする本シリーズをお読みでない読者のために、これまでの流れをざっと紹介しよう。
禿富鷹秋は警視庁神宮署生活安全課に所属する警部補だ。広い額に薄い眉、その下にある引っ込み気味の目は猛禽のようにぎらぎらと光っている。鼻梁は細くとがっていて、引き結ばれた薄い唇は酷薄な印象を与える。身長は一七〇センチ台半ばとさして大きくはないが肩幅が異常に広い。一見痩せて見えるが、実は全身が引き締まった筋肉に覆われているのだ。特に太ももとふくらはぎの筋肉は豊かで、膝回りと足首は逆に細く引き締まっている。パンチなど腕力も強いが、この強靱な下半身から繰り出されるキックの破壊力は凄まじい。
禿富は特捜班という立場を利用して常に単独行動を取る。下町の北上野署から転勤してきた彼が目をつけたのが、管轄の盛り場渋谷を根城にする渋六興業であった。渋谷は渋六興業と敷島組という二つのヤクザ組織が覇を競ってきた。だがシノギがみかじめ料(それも安価)中心という、昔気質で良心的?な渋六興業は、覚醒剤などシノギの手段を選ばない敷島組に押され気味だった。そこに新宿から進出を狙う南米マフィア組織〈マスダ〉が割って入る。禿富はマスダが送った殺し屋から、渋六興業の「社長」碓氷(うすい)の命を救い、それがきっかけで渋六興業に取り入ってしまう。そして禿富の恋人が殺されたことから、マスダがくり出す新たな刺客との戦いが始まる。(『禿鷹の夜』)
前作の抗争の中で娘を殺された碓氷は引退し、渋六興業は専務の谷岡が後を引き継いだ。一方、敷島組からマスダに鞍替えした宇和島は、渋六興業の利権を奪う活動中に禿富と遭遇しぶちのめされる。だが禿富と同じ神宮署の刑事でマスダと癒着している鹿内は、部下を使って禿富を袋叩きにしてしまう。禿富は異様な執念で「悪徳刑事」たちの身元を割り出し、復讐を果たしていく。宇和島は中国から新たな殺し屋を呼ぶが……。(『無防備都市 禿鷹の夜2』)
マスダに対抗するために渋六興業と敷島組は休戦協定を結ぶ。しかし禿富は単独でとんでもない行動を取る。敷島組の大幹部で次期組長といわれる存在の諸橋を、マスダの秘密アジトに誘い出し、置き去りにしてしまう。敷島組から寝返ることを断固拒否した諸橋は、マスダによって殺され、その死体が渋六興業が経営する店から発見される。渋六興業と敷島組の関係が一気に緊迫する。はたして禿富の狙いは何処(いずこ)にあるのか。(『銀弾の森 禿鷹3』)
本シリーズの魅力は第一に禿鷹こと禿富鷹秋の強烈なキャラクターだろう。ヤクザ組織から毎月金を貰いながら、〈飼い犬〉であることを否定する。なぜ組織を裏切るような行動を取るのかと問われても「おれは、だれも裏切らない。なぜなら、だれにも魂を売った覚えがないからだ」とうそぶくのである。
じっさい、月々の金は単なるコンサルタント料と思っているのだろう。しかもヤクザの幹部を自分の子分であるかのように、顎でこき使うかと思えば、もっとあくどいシノギをやれとハッパをかける。かわいそうに渋六興業の幹部たちは禿富に毒気を抜かれっぱなしなのである。
禿富の不気味さは何を考えているかわからないところにある。金銭欲、名誉欲、性欲など、人間はさまざまな欲望を持っており、その欲望を満たすことが生きていく上でのモチベーションになる。
だが裏返せばそれは大いなる弱点ともなる。欲望が強ければ強いほど、その人間の行動は規制され、読まれやすくなるのだ。禿富は女を抱き、金を取り、りゅうとした身なりをしているが、決してそれらに拘泥することはない。禿富とこれまで付き合ってきた女たちの運命を見ればそのことはわかるだろう。作者の叙述上のテクニックとも相まって、登場人物も読者も禿富の内面を覗くことができず、その姿がより不気味に見えるのである。
第二が卓抜なプロットだ。狭い地域の抗争をこれだけ面白く書ける作家は稀だろう。三作目になってようやく読めてきたが、作者は私淑するダシール・ハメットの『血の収穫』の現代版をやりたかったのではないだろうか。無法の街に現れ、並立する組織の間を泳ぎ回っては対立を煽っていくコンチネンタル・オプ。どうもオプと禿富の姿がダブって見えるのだ。
本書では終盤に渋六興業と敷島組の新たな関係が示唆され、さらに禿富の身に起きたとんでもない出来事(これは驚くぞ)のショックが覚めやらぬまま終わりを告げる。だがマスダとの全面対決は持ち越されたままだ。それが描かれるであろう、第四作をわくわくしながら待ちたい。そしてその時が来たらまた叫ぶのだ。
「待ってました!」
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