- 2004.10.20
- 書評
危険な「魔術師(イリュージョニスト)」
文:泡坂 妻夫 (作家)
『魔術師(イリュージョニスト)』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
魔術という語を辞書で引くと、
(1)魔力をもって行なうふしぎな術。(2)大仕掛の手品の称。とある。
言葉をかえて言うと、(1)はブラックマジック、(2)はホワイトマジックである。
(1)は娯楽としての(2)が確立する以前の呪術や幻術を含めた超常能力のことで、術者は魔力によって、一般大衆を驚ろかし、その感嘆の上に名声や利益を得るのを目的とした。
この魔術は古代から世界各国で発生して、早くから原始宗教と結びついた。
日本では修験道(しゅげんどう)の行者の間で方術という名で行なわれている。真っ赤に焼けた鉄の棒を素手でしごく「鉄火術」、煮えたぎる釜の熱湯に手を入れて底にあるものを取り出す「探湯(くがたち)」、焼けている松炭の床を素足で歩く「火渡り」などで、一見もの凄い術に見えるが、いずれも科学的に可能なことが説明されている。
宗教家はそれでは飽き足らず、積極的にトリックを術の中に加えて奇蹟を作り出した。
古代エジプトの神殿には大掛かりなからくりが仕掛けられていた。代表的なクロコディロポリスの迷宮には、扉を開けると雷鳴のとどろく部屋、聖火を燃やすと自動的に開く扉、予言を告げ終ると溶けるように消えてしまうドクロなど数え切れないほどの奇蹟があった。そして、これらの奇蹟は一世紀ごろ、アレキサンドリアの科学者、ヘロンによってほとんどが解き明かされた。
古代中国では易の陰陽(いんよう)が集大成された。これが日本に伝わり陰陽道(おんようどう)として、大化の改新(六四五年)にはじまる律令制に大きな影響を与えた。陰陽道は天文、暦数、卜占(ぼくせん)などを理論づけた当時の学問の集大成で、その中には薬学、針灸師とともに、呪術で物怪(もののけ)をはらう呪禁師(じゅごんし)、神仙の術を行う方術士(ほうじゅつし)も加えられた。
陰陽道の第一人者は安倍晴明(あべのせいめい、九二一~一〇〇五年)で、晴明の方術は『今昔物語』『古事談』『古今著聞集』などにしばしば取り上げられるほど人人に衝撃を与えた。
晴明は式神(しきがみ)という人の目には見えない怪物を駆使していたといい、これが晴明の母が信田(しのだ)の狐であるという説を生んだ。この「信田妻」の物語は竹田出雲の筆で人形浄瑠璃として上演された。
陰陽道の方術とは別に、魔術の(2)のふしぎな現象を作り出して娯楽として演出して見せる技芸も中国から渡って来た。奈良時代の「散楽雑戯(さんがくざつぎ)」と呼ばれる芸能人たちで、彼らの演(だ)し物は天平勝宝四(七五二)年、東大寺大仏開眼(かいげん)の儀式に奉納されたのである。
そののち、芸人たちは寺社の配下につき、行事や祭の余興として用いられるようになるが、やがて一般人の間に拡散して、大衆芸能のもとになり、その中で放下(ほうか)と呼ばれた奇術が、放下僧によって伝えられ、江戸時代の手品につながっていく。
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