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犯罪エンタメの帝王、会心の一作! ~ジェフリー・ディーヴァー、再入門~

犯罪エンタメの帝王、会心の一作! ~ジェフリー・ディーヴァー、再入門~

文:阿津川 辰海 (小説家)

『オクトーバー・リスト』(ジェフリー・ディーヴァー)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『オクトーバー・リスト』(ジェフリー・ディーヴァー)

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 “したがって”、これまでの節で見てきたように、本書『オクトーバー・リスト』は、ディーヴァーの神髄である「欺(だま)し」の大技を、「切れ場」を中心とするテクニックの地肩で支えて見せた、実に素晴らしい逸品と言えよう。

 さて、この解説、もとい「日本語版への序文」は、本編のたくらみにならって、5節から0節に遡る構成でお届けした。

 あえて「序文」という形を取ったのは、小説の構成要素をすべて逆転する(目次が末尾についている本なんて見たことがない)作者の試みに敬意を表してである。この「日本語版への序文」は、この小説の終わりに位置し、同時に、始まりの位置にもあるのだ。0節に引用した“あの一句”は、まさにそんな思いを込めて選んだ。

 昨年刊行された『ネヴァー・ゲーム』の続編The Goodbye Manの邦訳刊行も今年予定され、日本へのディーヴァー紹介に新たな追い風が吹き込んでいることが感じられる。

 今からでも遅くはない。ディーヴァーにまだハマったことのないあなたも、以前ハマっていたけど少し離れていたあなたも、本書を入り口にディーヴァーの世界に浸ってみてはいかがだろうか。

 何せ、この奇妙な小説には、エンタメ作家としてのディーヴァーの魅力の核が詰まっているのだから。
 

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 “第二の”武器のキーワードは、「欺しの天才」である。ここでは、本書の中核をなす大技、ラストのどんでん返しの魅力をネタバレなしで語ってみよう。

 本書ラストに待ち受けるどんでん返しは、「逆行する小説」という趣向に負けないほど――むしろ、この趣向にピタリとはまった、見事なものとなっている。読者がこれまで見てきた像を一変させる反転――結末に至って読者は、ディーヴァーの書くことは「何事も見かけ通りではない」ことを思い知るのである。

「何事も~」というこの印象的なフレーズは、霜月蒼の『アガサ・クリスティー完全攻略』において、クリスティーという作家の演劇性を指摘した部分に使用されたものである。クリスティーはカギとなるシーンを何度もプレイバックしたり、時には一切の心理描写を排して、読者が想像する物語像を真相から巧みにズラしてみせる。「何事も見かけ通りではない」というフレーズは、クリスティーの作品の真髄を突いている。

 筆者がこの節のキーフレーズに選んだ「欺しの天才」は、ミステリ作家・ロバート・バーナードが著したクリスティーについての評論『欺しの天才 ――アガサ・クリスティ創作の秘密』から借用した。クリスティーに冠されたこの称号に、今最もふさわしいのはディーヴァーだろう。「何事も見かけ通りではない」というあのクリスティーの作品の衝撃を、最前線で、しかも新しい形で体現している作家こそ、ジェフリー・ディーヴァーその人なのだから。
 

 ディーヴァー作品での「何事も見かけ通りではない」という趣向は、ひとえに視点、カメラ配置のうまさに支えられている。「リンカーン・ライム」シリーズでは、三人称多視点により、犯人、探偵役それぞれの視点を置き、読者に盤上の全てを把握しているような錯覚を感じさせながら、巧みに死角を作ってみせる。一方、「コルター・ショウ」を探偵に据え、昨年邦訳された新シリーズ『ネヴァー・ゲーム』では、主人公の一視点を採用することで、視点人物と読者が視線を同じくして五里霧中を行く感覚を作り出し、少しずつ事件の「見かけ」が変わっていくプロセスの面白さが生まれていた。

 では、本書『オクトーバー・リスト』はどうか。形式は三人称多視点なのだが、今までディーヴァーが描いていたそれとは、若干質が違うように見える。

文春文庫
オクトーバー・リスト
ジェフリー・ディーヴァー 土屋晃

定価:1,045円(税込)発売日:2021年03月09日

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