- 2022.05.23
- コラム・エッセイ
いつもと一味違うムードを加えつつ“らしさ”も全開の短編集
池田 真紀子
『死亡告示 トラブル・イン・マインドII』(ジェフリー・ディーヴァー)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『クリスマス・プレゼント』『ポーカー・レッスン』(ともに文春文庫)に続く第三の短編集 Trouble in Mind を日本の読者にお届けする。日本語版は、二〇二二年四月に刊行済みのI巻『フルスロットル』と、このII巻『死亡告示』の二分冊となった。
I巻には、ディーヴァーが書く短編として比較的オーソドックスな作品(限られたページのなかで巧みにかつ効率よく伏線を張り、結末ですべてを豪快にひっくり返す)が六つ並んでいた。
対して、このII巻は微妙に手触りが違う。なぜなら、I巻収録の著者まえがきにあるように――
書き手がいつものジャンルから離れてみたいと考えたとき、長編よりは短編のほうが挑戦のハードルが低い……(中略)……短編小説は、長編ほど読者に多くを要求しない。次回の長編はあなたが期待しているとおりの殺人とバイオレンスでいっぱいの作品に戻りますよと長年のファンに約束したうえで、一編や二編、よそのカテゴリーにお邪魔しても苦情は来ない
からだ。
というわけでII巻には、ふだんのディーヴァーとは一味違う要素――オカルト、あるいはスーパーナチュラル――がスパイスのようにぴりりと利いた作品が二つ収録されている。
そのうちの一作、中編と呼ぶべきボリュームの「永遠」は、ディーヴァーの手にかかれば長編にも充分仕立てられそうな骨格のしっかりしたストーリー。登場人物もキャラクターが立ち、統計とデータを通して世界を見る駆け出し刑事と、経験と直観と足で稼ぐ昔かたぎのベテラン刑事の痛快なバディものとしても傑出した出来になっていて、中編としてあっさり読み終えてしまうのがもったいないくらい(裏を返せば、長編の要素が中編にぎゅぎゅっと凝縮された贅沢な作品ということに!)。
もう一つの「カウンセラー」は、長年の読者ほど「ディーヴァーがこんな作品を書くことがあるのか」と驚くこと間違いなしの一編。主な登場人物は殺人者に検察官、弁護士、それに判事。事件発生から公判開始まではどう見たってミステリーなのに、先へ進むにつれ、物語はどうにも奇妙な様相を帯び始めて……この短編集のうちでもっとも実験的な作品といえそうだ。
とはいえ、限られたページ数で誤導(ミスディレクション)のテクニックを駆使し、読者の注意をあらぬ方角に引きつけておいて結末で驚かせるといういつものディーヴァーらしさは、すべての作品でむろん健在。“世界最強のサプライズの魔術師”を信じ、安心してそのアクロバティックな技を存分に堪能していただければと思う。
最後に、ジェフリー・ディーヴァーの今後について少しご紹介しておきたい。
今年二〇二二年初夏に、コルター・ショウ・シリーズ第三作 The Final Twist の邦訳刊行が予定されている。三部作の最後を飾る作品で、前二作と少し趣が変わってスパイ・スリラー風に仕上がっている。コルターの“お兄ちゃん”ラッセルが満を持して登場し、父アシュトンからコルターが引き継いだ謎もきっちり解決される。
ショウ・シリーズについては一つうれしいニュースがあって、シリーズ新作が二二年中に英語圏で刊行予定という。そう、三部作で完結するのではなく、シリーズ化されるということだ。
続いて二〇二二年秋には、リンカーン・ライム・シリーズの久しぶりの新作 The Midnight Lock が邦訳刊行される。こちらのシリーズもまだまだ順調に続く予定で、英語圏では二三年春にその次の新作が控えている。
さらに二〇二二年二月の現時点で新たなスタンドアローン作品がすでに完成し、刊行日の確定を待っている状態だという。そのほか、少なくとも数カ月に一本は短編を着々と発表し続けている。
いずれの作品も、ぜひ期待して邦訳をお待ちいただきたい。
二〇二二年二月
(訳者あとがきより)
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