どんでん返し業界(あるのか?)においてジェフリー・ディーヴァーは〈法王〉として君臨している。かつては魔術師と呼ばれていたが今やこちらの呼称の方が相応しい。この業界には名手やら奇才やら女王やら帝王やらがひしめき合っているが、法王の前では皆がひれ伏さざるを得ない。つまりそれほどの絶対的存在という意味だ。
ディーヴァーが法王たる所以はいくつもあるが、その一つにどんでん返しのバリエーションの豊富さが挙げられる。ミステリが提示する謎というのは大きく分けてフーダニット(誰が殺したか)、ハウダニット(どうやって殺したか)、ホワイダニット(何故殺したか)、最近ではホワットダニット(いったい何が起きているのか)などというものが加わり、現在は四つが数えられる。ひと昔前はこのうちの一つでも入っていればよかったのだが、昨今の読者は貪欲なのでそれだけでは満足してくれない。よって東西のミステリ作家は毎夜呻吟(しんぎん)する羽目になる。
ディーヴァーはそうした読者の要求に早くから応えてきた。よくある〈意外な犯人〉だけではなく、〈意外な方法〉、〈意外な理由〉、〈意外な真実〉を複数仕込み、その相乗効果で読者を狂喜させる。一つ一つのどんでん返しが単独で存在するのではなく、それぞれ有機的に結びついているからこその相乗効果なのだ。実際、結末の意外性を重視し過ぎるとストーリーは破綻してしまいがちになる。最も安定したストーリーとは予定調和に他ならないからだ。だがディーヴァー作品の場合は緊迫感と衝撃が保証された上で破綻もせず、さすがとしか言いようがない。本作でもどんでん返しのクロスオーバーが読者を翻弄しまくり、最終的には「そうだったのか」と一読三嘆させるはずだ。解説でありながらネタバレになるので具体的に説明できないのが歯痒くてならない。
シリーズ十二作目の本作でリンカーン・ライムたちの敵となるのは未詳40号、データワイズ5000スマートコントローラーを駆使する犯罪者である。解説から読み始めた読者には何じゃそれはという話だが、つまりは電子制御付きの家電や工業製品を遠隔操作で武器に変貌させてしまう知能犯だ。電気・ガス・調理器具・警報システム・重建機。そうしたモノがある日突然、所有者の意思とは無関係に襲い掛かってくるのだからこれは怖い。血に飢えた殺人鬼やテロリストなどと違い、平素は自分の身の回りで執事代わりに働いてくれる従順な機械たちがいきなり牙を剥くのだ。こう書くと、あなたの身の回りにある電化製品の、どれとどれに電子制御がついているか俄(にわか)に確かめたくなりはしないか。
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