- 2022.04.28
- コラム・エッセイ
短編ならではの豪速サプライズにだまされる快感
池田 真紀子
『フルスロットル トラブル・イン・マインドI』(ジェフリー・ディーヴァー)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『クリスマス・プレゼント』『ポーカー・レッスン』(ともに文春文庫)に続く第三の短編集 Trouble in Mind を日本の読者にお届けする。日本語版は、このI巻『フルスロットル』と、五月に刊行予定のII巻『死亡告示』の二分冊となった。
前二作と同様、バラエティに富んだ短・中編が計十二作収録されている。リンカーン・ライムやキャサリン・ダンスらシリーズでおなじみの名探偵はもちろん、キャリア初期の人気シリーズの主人公ジョン・ペラムも久々に登場している(二〇一九年に始まった新シリーズで活躍するサバイバリストの名探偵コルター・ショウは、ジョン・ペラムの二〇二〇年代バージョンのようなものと著者本人が説明している。類似点を探してぜひにやりとしていただきたい)。
またノンシリーズ作品の「ゲーム」には、ライム・シリーズでおなじみの“皺くちゃな”刑事、ロン・セリットーがちらりと登場している。どこに出てこようと、誰と話をしようと、セリットーはやっぱりあのセリットーであるあたりがたまらなく楽しく、そして愛おしい。
そのほかII巻の作品も含め、いずれもディーヴァーらしい“フェアな伏線とその回収”のお手本のような短編ばかりで、限られたページでよくぞこれだけの伏線を張り、しかもしっかり回収までするものだと改めて感心させられる。
ちなみに、この短編集は英語圏では二〇一四年に刊行されたもの。一方、最終章から物語が始まり、そこから第一章に向けて時間軸をさかのぼるという超技巧的な作品で、二〇二一年に日本の各種年間ランキングで上位に入った『オクトーバー・リスト』の原書刊行はその前年、二〇一三年だった。ディーヴァーのトレードマークというべき“フェアな伏線とその回収”のテクニックは、このころ完全に確立されたということなのかもしれない。もちろん、そのテクニックはいまも着々と磨かれ、進化を続けていることはいうまでもない。
さて、少し長くなるが、最初の短編集『クリスマス・プレゼント』のまえがきから引用したい。
読者は、長編の場合とちがい、〔短編では〕さほど多くの感情を投資しない。短編小説の醍醐味は、ジェットコースターみたいな波瀾万丈のストーリー展開ではない。登場人物について時間をかけて学び、その人物を愛し、あるいは憎むことでもない。舞台となった土地の、入念な描写によって作り上げられた独特の雰囲気でもない。短編小説は、たとえるなら、狙撃手の放った銃弾だ。速くてショッキングなものだ。そこでは、善を悪として、悪をさらなる悪として、そして何より痛快なことには、究極の善を究極の悪として描くことさえできる。
多くの読者が知る“いつものディーヴァーらしい”長編では、多面的に造形された人物がときおり思いがけない顔を見せたりしながら、山あり谷あり急カーブありのジェットコースターのごときストーリーを疾走する。結末に近づくにつれて多重のどんでん返しが発動して読者を驚かせるが、広げた大風呂敷はやがてすべてきちんと折りたたまれ、読者は自分が何か大きなことを成し遂げたような爽快感とともに現実へと帰される。長編にはそれなりの時間を投資してもらうのだから、読者を楽しませ、驚かせるのはもちろん、アフターケアも万全にというのがディーヴァーの流儀だ。
ところが、短編におけるディーヴァーのポリシーは正反対。読者は、本書の著者まえがきにあるように「はらわたまでねじ切れそうなひねり(ツイスト)にサプライズ、意表を突く展開を武器に……(中略)……急所にずばり斬りこ」まれたまま突き放されることも少なくない。
それを“だまされる快感”として楽しめるかどうか(少なくとも著者はずいぶんと楽しそうだ。ついでに訳者も楽しい)。そこが“世界最強のサプライズの魔術師”ジェフリー・ディーヴァーの短編集を満喫できるか否かの分岐点になりそうだが、ここはサプライズの魔術師を信じて、あるいは魔術師に知恵比べを挑むつもりで、ぜひページを開いてみてほしいと思う。
二〇二二年二月
(訳者あとがきより)
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