江戸の街を舞台に、おっとりした菓子職人の兄、商才に長けた弟が菓子屋を切り盛りする「藍千堂」シリーズの続編が生まれた。今作は、人日(じんじつ)、上巳(じょうし)、端午(たんご)、七夕(しちせき)、重陽(ちょうよう)といった五節句を題材に、それぞれの風物詩である和菓子が登場する。
「ハレの日の江戸の街の季節感を描きたいと思っていました。今の日本ではハロウィンやクリスマスが楽しまれていますが、古来の五節句というのは、ずいぶんと派手で楽しそうなんですよ。七夕などは、天に願いを届けようと、競いあうように、屋根の上高くに竹を掲げ、夢を描いた短冊をくくりつけたようです」
“菓子一辺倒”だった兄・晴太郎が訳けありの子持ちの後家に恋をして、奮闘するのも読みどころの一つだ。
「現代の恋愛は誰を好きになって、誰と結婚しても自由です。ところが、江戸時代は縛られているという意味ではなく、新しい家族を持つということは自分だけの問題ではない、という現実がありました。もちろん個人の恋愛として、駆け落ちなどもありましたが、普通の暮らしを営んでいる人々にとって結婚は、周りの人にも影響を与えることだったんです」
晴太郎が惚れた相手の元夫は、奉行所を牛耳る悪党だった。様々なトラブルに巻き込まれるが、弟・幸次郎や、職人・茂市ら周囲の人々に助けられながら、晴太郎は一世一代の大勝負に出る。物語を読みながら、思わず胸が熱くなるのは、好きになった女性や周囲の人すべてを幸せにしたいと願う、晴太郎の生き方があまりにも美しいからである。
著者が考案したオリジナルの和菓子も魅力的だ。第5話に登場する子戴(こいただき)は、宮中の祝儀に使われたのが始まり。赤いもち米で作った餅を平たくしてくぼみをつくり、小豆餡を載せるものだが、藍千堂オリジナルはもっと涼やかだ。
「晴太郎には、子戴を草餅で作ってもらいました。載せる餡は、白餡に金柑の砂糖煮を細かく刻んだものを混ぜ込んで。草色と白餡の淡黄蘗(うすきはだ)、金柑の菜の花色が鮮やかで、雛菓子としてもいいですし、蓬のほろ苦さと、金柑の甘酸っぱい香りが口いっぱいにひろがるんじゃないかと。お菓子って、なくてもいいかもしれないですが、美味しいものを食べると理屈抜きにホッとするし、顔がほころびますよね」
和菓子を食べている顔と、大好きな人と過ごしているときの表情は似ている、と著者はいう。この本を読んでいる人は、いつしか顔がほころんでいることだろう。