アニメ版『鬼平犯科帳』で長谷川平蔵の声を演じるのは、三十年以上にわたって第一線で活躍しつづけるベテラン声優の堀内賢雄だ。海外ドラマの吹き替えやアニメ、ゲームなど、幅広い役を演じてきた堀内氏だが、実は、池波正太郎作品のファンでもあるという。
鬼平をやらせていただくなんて、夢のようですね。背筋が伸びる思いと同時に、もがいても仕方がないので、どんと構えて演じるしかないと覚悟しました。長谷川平蔵という役は、テクニックでどうこうできるものではないと思うんです。演技するというより、自分の人生をうまく投影して、人間的な器の大きさを出せるかどうか。僕のこれまでが試されるキャラクターだと感じています。
『鬼平犯科帳』は、鬼平はもちろん、彼を取り巻く人たちも魅力的です。密偵もそれぞれの生き方があって、盗賊にも盗賊の言い分がある。鬼平に清濁併せ呑む懐の深さがあるから、他のキャラクターも生きてくるんですね。
さらに彼がすごいのは、「本所の銕」と呼ばれた悪かった時代を隠さないこと。普通、偉くなったら、過去の悪事を隠そうとしますよね。でも、平蔵は隠したりせず、堂々としている。平蔵の台詞に、「悪を知らぬものが悪を取りしまれるか」というのがありますが、彼は若い頃に放蕩無頼の日々を過ごしたからこそ、人情の機微がわかるし、盗賊の中から誰を密偵にするのがよいか、人の本質を見抜くこともできる。そんな彼の若い頃と、火付盗賊改方になってからを、上手く演じ分けたいと思います。
池波作品に年齢が追いついた
初めて池波さんの『鬼平犯科帳』を読んだのは高校生の時でした。父親の本棚から抜き出して読んだのですが、その時は良さがあまりわかりませんでした。それから時が経って、今から二十年ほど前に池波さんの食エッセイを読むようになり、そこに登場する店を食べ歩いた時期があったんです。銀座の「みかわや」や目黒の「とんき」、それに神谷町の喫茶店「横濱屋」……どの店も、美味しいのはもちろん、お店の人がみな礼儀正しくて、清潔感があった。こんな店に好んで通っていらしたとは、池波さんは素敵な方だったんだなと小説も読み返してみたら、この頃は僕も年齢が追いついて、作品に入り込めたんです。一番好きな作品は「本所・桜屋敷」。平蔵と、親友・左馬之助の初恋の話ですが、一人の男の人生にこういうふうに女性が関わってくるものなんだな、と感じました。
『鬼平』には名台詞がたくさんあります。僕が特に好きなのは、「狐火」で、平蔵が、戻ってきたおまさに対して言う台詞。「おれを捨てて、二代目・勇五郎の傍へ行ったくせに……」平蔵は、余計なことを言わないようでいて、こんな決め台詞をさらっと言ってしまうんです。
中村吉右衛門さんのドラマ版ではエンディングでジプシー・キングスの曲が使われていて、斬新でありながら、哀愁のあるギターの音がとても合っていました。アニメ版では、多数のアニメの楽曲を手がけてきた田中公平さんと、ジャズベーシストの川村竜さんによるジャズ風の音楽が洒落ていて、こうきたか! と思いましたね。
『鬼平犯科帳』はドラマ版、さいとう・たかをさんの漫画版もあって、それぞれアプローチを変えながら、原作のよさを生かしています。アニメ版は、平蔵をはじめ、キャラクターのビジュアルがどれもかっこいい。ですから僕は、そこにさらに奥行きを出して、人間的に大きな鬼平を演じられるように頑張りたいと思います。
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