――このたび、池波家のご了解を得て、池波さんが遺した「食べ物日記」の昭和四十三年版を刊行する運びとなりました。本日は池波さんと特にお親しかった編集者の方々に、人柄から、食べ物から、氏の思い出をお話しいただきたく、お集まりいただいた次第です。 四十三年というと、「小説新潮」で『青春忘れもの』が、「オール讀物」で『鬼平犯科帳』が、ほとんど同時に始まった年です。池波さんにとっても特別な年ですね。
川野 「鬼平」は前の年の「オール讀物」十二月号に「浅草・御厩河岸」が載ったのが最初ですよね。それですぐ続けて一月号からシリーズになった。
花田 僕はその頃「オール讀物」編集部で先生の担当でした。十二月号は「時代小説短篇特集」だったんです。池波先生にもお願いしろということで書いていただいたのが「浅草・御厩河岸」。火付盗賊改方という役職も、長谷川平蔵という人物も、その短篇で初めて知ったんですが、当時の杉村友一編集長がそれを読んで、これはおもしれえ、来月から連載頼め、と即断即決。今にして思えば、大変な決断でした。当時の「オール讀物」は四十万部くらい売れている大雑誌で、連載はずっと先まで決まっていた。それをいきなり来月から、ですからね。後で聞いた話ですが、杉村さんの頭には戦前から「オール讀物」巻末の定番だった野村胡堂の『銭形平次捕物控』があって、第二の「銭形平次」にしたい、という思いがあったようですね。
大村 「鬼平」が始まる前に、池波さんは変わったな、これはいいな、と思った作品がありました。四十二年二月号の「正月四日の客」という短篇で、盗賊改方が出てきて、向島の蕎麦(そば)屋の客を目明かしが捕まえる話。これは池波さん、ずいぶん変わったな、と思っていたところに「浅草・御厩河岸」ですから、僕らからすれば、やられたなっていう感じがしましたね。
川野 私が面白いと思ったのは四十一年夏から「週刊サンケイ」に連載された『さむらい劇場』。平蔵みたいな男が出てくるんです。旗本の妾腹の三男が、父親に嫌われて、盛り場に入り浸って無頼を尽くす。やがて父親から命を狙われたのを盗賊に助けられ――という風に話がテンポよく進み、最後にその主人公・榎平八郎は火盗改メになる。後に「鬼平」が始まってから、あそこに原点みたいなものがあったのかな、と思ったんです。