これまで「小説を書く」という行為は、自分とは無縁、別次元のことだと思っていた。デザイナーだった私が小説、しかも無謀にも長編に挑んだのには、いくつか理由がある。
以前、メーカーに勤めていた私は、技術者として戦闘機の開発に関わることができた。開発機会の少ない国内で、そのタイミングに合ったことや、設計の中心的な部署に配属されたのは、幸運だったと思う。
業務を通じて、飛行機の最初のユーザーであるテストパイロットの方々とも知り合った。仕事を進めていく過程で、彼らの非凡さや個性に触れることができ、操縦を含めた戦闘機の運用全般について教えてもらった。そして彼らは自分にとって、憧憬の対象でもあった。
会社を辞めてフリーランスのデザイナーとなった私は、いろいろな業種のクライアントから依頼される仕事を通じて、それらの業界の実情を窺い知ることができた。また航空の世界にも、以前とは幾分異なる立場で接することとなった。
経験を重ねるうち、もし機会と能力があったら、飛行機が登場する物語を「技術者」と「操縦者」双方の視点から描いてみたい、という願望がぼんやり浮かび上がった。
モノ造りの現場を小説に
長年この国は、モノ造り立国と言われてきた。特に、昭和の高度経済成長は、多様な工業製品の開発、生産によるところが大きい。しかし個々の商品や、それを世に出した会社は周知であっても、開発プロセスや携わった人達については、あまり知られていない。
ドラマや映画では、最新型のマシンや画期的なシステムが頻繁に登場するが、主役は大抵それらを「使う人」であって、「造る人」にはまず光が当たらない。
「モノ造りの現場は、地味でドラマ性に欠け、絵にならない」と言ってしまえばそれまでだが、実際にそれに携わる人が多い割に、彼らの姿が描かれる物語が少ないのには、今ひとつ納得がいかなかった。
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