ここまで読んできたあなた。もし解説から読みはじめているのだったら、ここで止めてすぐにレジに向かってほしい。初めて恒川光太郎の小説を読む人なら満足すること間違いなしだ。物語の意外性、スケールの大きさ、泣かせどころ、感動をこの小説はすべて持っている。
デビュー作からこの作家のファンだという人は、少し違和感を持つかもしれない。そういう人の感想が知りたいと思う。私にはその違和感が好ましかった。物語の長さを忘れて読み耽り、終わってしまったあとの少し寂しい気持ちは本好きなら誰でも経験していると思う。『金色機械』はそういう小説だった。
恒川光太郎は2005年第12回日本ホラー小説大賞を受賞した。デビュー作『夜市』は最初から評判を呼び、第134回の直木賞候補となった。新人のデビュー作が候補となることは滅多にない。直木賞の受賞は逃したものの、期待の新人として注目を浴びた。
彼の作品には、あの世とこの世のあわいを描くような幻想的な印象を持っていた。明るい場所は底抜けに明るく嬌声が聞こえるようだが、陰に入ると魑魅魍魎が蠢くような世界。夜中にトイレにひとりで行けなかった幼いころの思い出が頭をよぎり、人間の誰もが持っている暗闇に対するじんわりとした恐怖を思い起こさせる。そんな作風に『金色機械』はスピードとダイナミックさが加わった。
物語の始まり、舞台は江戸時代。1747年、延享4年は徳川吉宗が将軍職を家重に譲り、大御所として幕府を支配していた時代である。
ある町の川沿い一帯は〈舞柳〉という粋な名前の大遊廓が広がっている。この遊廓を作り上げたのは〈しなの屋〉楼主、大旦那の熊悟朗という。遊郭には様々な女が売られてくる。その品定めをするのも熊悟朗の大事な役目である。
ある夜、若くて器量のいい遥香という娘と面談を行った。女衒に連れられてきたわけでも、借金のかたに年季奉公というわけでもなく自ら売り込みにやってきたという変わり種だ。熊悟朗親分と会いたかったという遥香は不思議な娘であった。
熊悟朗には幼いころから心眼があった。自分に殺意がある者の身体から火花が出るのが見えるのだ。かつて父親に殺されそうになったコヘという子どもが逃げられたのも、それによって危険を察知できたからだった。親元を逃げ出し、山賊に助けられてコヘは熊悟朗を名乗るようになる。遥香という目の前の娘の身体からぱちん、ぱちんと火花が散り始めた。
この火花は殺意ではなかった。「とある娘の話を聞いてほしい」と語りだした遥香にも、常人には備わっていない力があったのだ。それは手で触れるだけで生き物の命を奪うことが出来る、というもの。長い長い物語はここから始まる。
父親に捨てられた熊悟朗、親を何者かに殺された遥香。ふたりとも肉親の縁は薄(うす)かったが、養う者の愛情には恵まれて育った。ただおさない頃に培われた正義感や忠誠心、人への思いやりは環境によって違う。
医師である祖野新道に拾われて養女となった遥香は、父を助け苦しむ人たちを〈菩薩の手〉によって助けてきた。しかし長じてその力に疑いを持った時、出会ったのが金色様であった。世を捨て隠遁生活を送っていた全身金色に包まれた謎の人は、二百年、いやそれ以上の長きにわたる時間をすごしてきたのだった。
金色様は何より強く、誰より賢く、どんなところにも現れることができた。太陽の光が食事で物を口にしなくても生きていける。遠い昔、空飛ぶ船に乗って幽禅家の人々とともに今川領内のこの地にやってきた。今川家とは不可侵の約定を結んでいたが、応仁の乱以降の戦国のなか、幽禅家も加勢を求められたが拒否をし、戦闘となる。唯一の幽禅家の生き残り、ちよと共に金色様は長い旅に出たのだ。
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