- 2014.11.07
- 書評
恋人たちの「まどろみ」と「あこがれ」
極上の恋愛小説のラストにサプライズ!?
文:大森 滋樹 (ミステリ評論家)
『ずっとあなたが好きでした』 (歌野晶午 著)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
象徴的な一編が「まどろみ」だ。
これは若い男女が布団のなかでえんえんと会話をつづけるだけの話(古くて恐縮だが、R・D・レインの『好き?好き?大好き?』を思い出した)なのだが、フレンチトーストをふたりで作る場面がある。「卵オッケー」「だめだよ、一個じゃ」「じゃ、もひとつ、コツン、カパッ」「あと三個」と描写は具体的で、出来上がりもたいへんおいしそう。しかし、これが完全な妄想料理なのだ。「妄想じゃおなかは膨れない」のであり、楽しいひと時を過ごした後、恋愛=妄想の夢は破れ、いつかは「まどろみ」から目覚めることになる。これはロマンチシズムの定型で、この短編集のほとんどがその定型をなぞっている。ただそのことを知っていても、恋に対するあこがれを捨てきれないのが、人間である。
わたしたちは中学、高校の入学式の時、新しい学園生活への夢に胸を膨らませていどむ。友情や恋愛、部活や勉強、恩師や先輩との出会いを夢想=妄想し、期待に胸ときめかす。しかし、二年三年と学年が上がるにつれ、期待は裏切られ夢はしぼみ、悲しい現実にやさぐれ、やや虚無的(?)になっていく。上級生になったわたしたちには、入学式の新入生は何も知らない子どものように無防備で頼りなさそうに見える。
ただし、期待に胸を高鳴らせるあの感覚へのあこがれは残っている。恋も夢も破れるものだと知りつつも「でも、あの感じはいいよね!」とあこがれ自体は否定しない。本作の作中人物の言葉を借りれば「(恋が)うまくいかなかったからといって、嘆くことも涙にくれることもない。新しい恋を見つければ、はじまりの時の格別さをまた味わえる」のだ。
恋の話――といえば、わが国には平安時代からの伝統があり、本作もその物語形式にのっとったものなのだが、そこらへんは読んでからのお楽しみ。また四葉のクローバー、ラジオ、アップルパイ……と13の小物が裏表紙に描かれ、それぞれの短編を想起するよすがになっている。この装丁、恋の思い出のような、しゃれた趣向である。
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