書評

本屋大賞『羊と鋼の森』をプロの調律師が読んでみた

『羊と鋼の森』 (宮下奈都 著)

――NHKの番組は話題になり、何度も再放送されましたね。そういう真剣勝負の場で調律をする場合は、どんなことが勝負の分かれ目になるのですか?

村上 小説の中にあったように、ホールのどの位置に置いたら一番ピアノが性能をよく発揮するか、キャスターの位置をどう向けたらよくなるか、そういうものの積み重ねの判断力が大事です。ピアノをよくするには劇的なことというのはありません。そこは実は、国際コンクールもいわゆるコンサートも同じです。

――コンクールのような時間も限られて、みんなが緊張している中で、それぞれの一流のピアニストの想いを理解するためにはどういうことに気を配られるのでしょう?

村上 ピアニストの細かな行動を見ています。普段、彼らがすごくリラックスして冷静な時の表情、それから体の動きなどを見ておきます。ピアノセレクションというピアノを選ぶ時間があるのですけれども、その時に、カワイを選んでいる人たちの弾いている姿勢だとか表情、また指の形とか角度とかという演奏法などを見ておきます。

そうすると、ラウンドで演奏したときに「あっ、今これを要求してきている」というのが見えてくるので、その後にきちんと話をする。とにかく、ピアニストとのコミュニケーションが大事です。

――なぜ、調律師という職業を選ばれたのでしょうか?

岩倉 やはり、音楽が好きだからですね。子供のころに行ったコンサートでフルートの音色(おんしょく)に魅せられまして、中学高校と吹奏楽部に入りましたし、今でも浜松市内のアマチュアのオーケストラでフルートを演奏しています。調律師の仕事も、吹奏楽の先輩に調律をやられている人がいて、勧めてくださったんです。

――外村はピアノを弾いた経験がありませんでしたが、それは調律師の世界では珍しいことではないんですか。

岩倉 そうですね。私も、ピアノを習ったことはありません。当社の場合はカワイ音楽学園調律学科という直営の学校があります。平成23年度からはピアノ調律技能士という国家資格の検定制度が出来て、当社の技術者は資格取得を目指して勉強しています。調律師になった後も、先ほどお話ししたように本社での技術研修がありますので、とても恵まれていると思います。

 

――村上さんはなぜ、調律師になったのですか?

村上 私は音楽大学を卒業しているのですが、家庭の事情があって、ピアノを初めて習わせてもらったのが高校を受験するときなんですね。専攻は声楽でしたが、ピアノを弾くことは大好きでした。でもすぐにはピアノを弾く技術は身につかないものですね。大学を卒業するときに、演奏家の道を進むのか、先生になるかなど迷っていたところ、河合楽器がコンサートチューナーを目指す人材を集めているという話を聞いたのです。

――入社してみて、いかがでしたか?

村上 頭の中では、もう一級の調律師のようにチューニングハンマーを持って勉強を始められるのかと思ったら、想像していた仕事と全然違いました(笑)。このピアノ研究所は、ピアノを手作業で作っているところなんですね。木工職人とか、塗装する人とか、部品を作る人とか、いろんな人がいます。入社すると、「全部のピアノ作りを知りなさい」と言われて、丁稚奉公みたいなものからスタートしました。木のペーパー掛けから始めなさいとか、のこぎりを挽くところから始めなさい、と言われるままに、こつこつと色んな知識を身につけてきました。最近になってやっと、今のコンサートの仕事をする時に役立っているんだろうなあと実感しまして(笑)。そういう意味では、いろいろ教育を受けさせていただいたという感謝の思いでいっぱいです。

 

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羊と鋼の森宮下奈都

定価:本体650円+税発売日:2018年02月09日


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