――今“こつこつ”という言葉が出ましたけれども、外村の先輩調律師である板鳥さんも、仕事の心得として「こつこつ、こつこつです」と言っています。
村上 はい。そうですね。何事も経験したことを自分の腕の中に入れていかないと、調律師は成り立っていかないので、そういう意味で「こつこつ」が大切です。急にひとつのことをやってもほんとに上手くはならないので、長い時間をかけていろんなことを学んでいかなくてはいけない。非常に忍耐強い人じゃないと出来ないと思います。
ピアノの部品は88鍵(けん)の鍵盤があり、それぞれに十数か所の調整部分があると考えると、1000か所以上もあるわけですね。それを全部ひとつひとつ調整しないといけないので、気の遠くなるような作業を、正確に、しかも短時間でやらなければなりません。非常に大変な作業で、どれかひとつ見逃すと、それが、ずっと気になってしょうがないんですね。この調整をしなかった、あれをやり残した、ということがないようにいつもパーフェクトな状態で全部を知っていないといけません。
――調律師に必要な才能とは何でしょうか?
岩倉 感性的なところが非常に重要になってくると思うので、やっぱりセンスの問題。それから、技術面では常にやっぱり向上心を持っていないといけないと思います。
あとは、この小説の中でも、「好きっていうのが一番大事だよ」というようなところがあったと思うのですけれども、私もその通りだと思います。
村上 まず必要なものは、愛情を持つ、あるいは持てる人であることだと思います。現代社会って、ちょっと、愛情だとか温かみというものが希薄になっているような気がするのですけれども、そういうものをずっと長い間持ち続けられる人、それが才能かなというふうに思います。
――では、調律師に必要な努力とは?
岩倉 ピアノに限らずいろんな音楽を聴くというのもひとつだと思いますし、他の技術者の話を聞いたり、やり方を学ぶというのもひとつの方法だと思います。
村上 感覚を研ぎ澄ます能力を持つこと、ですね。それは、ピアノの仕事じゃなくていいのです。自分の好きなことを仕事の中に取り込んでいければいい。たとえば、私は料理したり食べることが好きです。すると、この調味料ひとつ入れたらどんなふうに変わるかな、と考えるようになりますね。そして、トライしたら反応がどうだったかということを必ず確かめますよね。そういう感覚を、調律の世界の中に取り込んでいけばうまくいけると思います。それくらい、興味のあるものを深く掘り下げることが大切かなと思います。
――最後に、主人公の外村にアドバイスをお願いします。
岩倉 小説の中の通りまずこつこつやっていくということと、何にでも挑戦していろいろやってみるということが調律の中でも重要ではないかと思いますので、まあ失敗があれば先輩が助けてくれますので、その点は当社の若い技術者にも同じことを言いたいと思っています。
村上 調律師としては素敵な歩み方をしていると思いますので、努力も必要でしょうけれど、ピアノへの愛情を絶やさず、ずっとほんとにこつこつ一歩一歩あゆんでいただければ、目指すところはおのずと近くなってくるのかなと。
それを認めた板鳥さんが工具を与えてこれからステップアップしてねと暗に伝えるシーンがすごく温かく見えて、私も育ててくれた師匠のことを思い出しながら、そういうふうにステップアップしていくんだなと感じました。
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