- 2009.11.20
- 書評
レコード批評のはなし 評論界の裏話も交えて
文:中野 雄 (音楽プロデューサー)
『新版 クラシックCDの名盤』 (宇野功芳、中野雄、福島章恭 著)
ジャンル :
#趣味・実用
その昔、クラシックのLPレコードが時代のニューメディアであり、企画・制作を担当するプロデューサーや、雑誌に批評文(いわゆるレコード月評)を寄稿する評論家が花形の職業と、世間で羨まれる時期があった。一九五〇年代から七〇年代の半ば頃までの話である。
評論家先生の筆先如何(いかん)でレコードの売り上げが激変する。企業の業績にも大きな影響がある。だから、レコード会社は腰を折り、先生方の鼻息を窺(うかが)い、ご機嫌を取り結ぶのに汲々とした。信じ難い話であるが、業界内で「天皇」と称されていた某大評論家の自宅には大手レコード会社の担当社員が毎日社用車でお伺いし、お孫さんの幼稚園の送り迎えまでしたという――これは実話である。私自身、企業でレコード事業の担当役員を務めていた頃、別の先生から「君の作ったLP、“推薦盤”にしといたよ。ところで今夜空いているんで、銀座あたりで一杯やりませんか」と、お電話でご接待を強要された経験をもつ。
だから「CDのミシュラン本を書きませんか」と文春新書の当時の編集長から打診を受けたとき、四半世紀以上昔の暗鬱(あんうつ)な想い出が一瞬脳裏を過(よぎ)って、「私は評論家ではありませんから」と、一度は首を横に振った。しかし編集長氏もさるもの。「“そこ”がウリなんです」と切り返し、更に「独りで大変でしたらお仲間を二人ぐらい加えて、鼎談(ていだん)方式っていうのでもいいですよ。人選は一切お任せしますから」と押しまくってきた。
「考えさせて下さい」とその場は引きさがったが、帰りの電車の改札口を通った瞬間に閃(ひらめ)いた。「そうだ、宇野先生が一緒にやるとおっしゃったら引き受けよう」
レコード会社の新譜広告は、音楽関係諸雑誌の大きな収入源である。だから出版社の広告営業部からはときに直接、ときには編集部経由=間接的に、執筆者に対して圧力がかかる。まさかつまらない演奏を「褒(ほ)めてくれ」とまでは言えないから、「お手柔かに」とか、「特定の社の新譜に“推薦”が片寄らないようにご配慮を」とか、要するに先生方の“良識ある”筆致をお願いするわけである。評論家の方も以心伝心。生活の場を提供してくれる出版社とコトを構えたくないから、筆鋒を弛(ゆる)めたり、推薦盤のレーベル別バランスに配慮したりという、心やさしい先生も現われる。浮き世の自然現象というべきであろう。
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