ダンスにこうしたバックグラウンドがあり、そしてストーカー被害に遭うのがケイリーであるだけに、本書の音楽描写は色濃い。曲調、楽器、ステージ設備、音楽ビジネス、すべての描写が“それっぽい”。特筆すべきは、ミュージシャンや裏方の描写だ。なかでも裏方については、その歌唱能力や演奏能力まできちんと語っている。ここまできっちりと書けるのには、理由がある。ディーヴァーは、かつてフォークシンガーだったのだ。ミュージシャンの心も、それになれなかった者の心もしっかりと理解しているのである。そうした“音楽心”の描写として印象的なのが、ケイリーが“16歳の気持ち”というフレーズにメロディーをつけ、それを曲へと育てていく場面だ。曲が生まれる瞬間を、実に簡潔かつシャープに捉えていて印象深い。そればかりではない。ケイリーのコンサート当日のバンドメンバーやスタッフの紹介がまた素晴らしい。各自の個性や才能がリアルに伝わってくる。どんでん返しが持ち味として強調されるディーヴァーだが、こうした細部への目配りがあってこその衝撃なのだ。
ディーヴァーは、本書でケイリーが歌う歌詞を書いた。そしてその歌詞には曲がつけられ、録音され、アルバムとして発売された。『ロードサイド・クロス』において小説の内容と呼応するウェブサイトを作ったディーヴァーだが、今回はなんとアルバムまで作ってしまったのだ。なんという情熱だ。
さて、いくつもの魅力を備えた本書は、ディーヴァーの想いが詰まった1冊でもある。例えば、歌詞を絡めた小説というスタイルは、ディーヴァーが作家デビュー以降ずっとやりたいと思っていたスタイルなのだという。彼はそれを短篇で試したりして、ようやく本書でやり遂げたのだ。また、ダンスにしてもそう。〈リンカーン・ライム〉シリーズで犯罪を科学の面から掘り下げた後、心理の面からも掘り下げたくなり、ディーヴァーはダンスを生んだのだ。そんな著者の歴史が、本書を支えているのだ。しかしながらそれらは、あくまでも付加的な情報である。本書はただ本を開くだけで、結末まで一気に運んでいってくれるローラーコースターノベルなのである。安心して極上のスリルを愉しもう。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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