インタビューほか

山下澄人×佐々木敦
カーソルは
たまたま“今”にある。

「本の話」編集部

『コルバトントリ』刊行記念イベントレポート

第150回芥川賞候補にもなった山下澄人さんの『コルバトントリ』。その刊行を記念し、デビュー当初からその作品を高く評価する批評家の佐々木敦さんをお招きしトーク&サイン会を催しました。インタビューの達人の技により、明らかになっていく山下さんのラジカルな芸術観を以下たっぷりとお楽しみください。

時間の因果を解き放つ

佐々木 もうひとつ山下さんの小説でしばしば指摘されることとして、時間の扱い方、というのがあります。「ギッちょん」が特徴的ですが、ただ「ギッちょん」は小見出し的に年齢の数字が表示されているだけ、分かりやすい。「砂漠ダンス」や「コルバトントリ」、「トゥンブクトゥ」は断章レベルではなくもっと複雑に混じっている。出来事の前後関係、因果関係がバラバラにシャッフルされている。しかもそれを時系列で並べ替えたら辻褄が合う、ということにもなっていない。

山下 7年前のある瞬間のぼくというのは、今もいるんですよ。この瞬間に同時に存在している、あらゆる瞬間の自分が。今ぼくは現在にチューニングを合わせていますけど、これが何かの拍子に狂うんですよね。狂うとやや都合が悪くなるってことだけは分かるから(笑)、ちょっとがんばって今の自分にチューニングを合わせている。小説を書いているときは、そこがちょっと解放されている感じです。

佐々木 それって、ゼロ歳から現在まで、というタイムラインがあって、今は現在にカーソルがきているけど、このカーソルが簡単に過去にとぶ、という話だと思うんですけど、このカーソルは未来にもいくんですか。

山下 そこなんですよ。ぼくそれ、すごく考えたことがあって、ぼくの論理では先にもいくはずなんですよ。

佐々木 ね! 僕も以前『未知との遭遇 無限のセカイと有限のワタシ』で似たことを書いたんです。一種の運命論なんですけど。人は生まれて死ぬ、死ぬ時はいつかやってくることは決まっている。たまたま今にいるけど、神様みたいな視点でみたら過去も未来も同様にフォーカスできる。決定されているんだから。書いたときによく言われたのは「じゃあ自由意志はどうなるの」ということ。自分の意志で未来って変えられないんですか、みたいな質問をされる。

山下 そんなもん、ないですよね。ぼくが右にいきたいから右にいっている訳じゃないんですよ。右にいくからいっているだけなんです。

佐々木 100%同意するんですけど、この考え方は無責任、と言われるんですよ。

 ところで、いつも気になるのが、なぜ小説を書き終えることが出来るのか、という問題なんです。とりわけ山下さんの作品は大団円があるとかエンディング・シーンっぽい感じになるとかではないので、どういうふんぎりによって完成がなされるのでしょうか。締め切りですか。

山下 体力じゃないですか。体力が尽きたとき終る感じですね。今の段階でいうと、たぶんぼくは、短距離走者ですよね。

【次ページ】演劇と小説との関係

コルバトントリ
山下澄人・著

定価:1,300円+税 発売日:2014年02月10日

詳しい内容はこちら
<新刊を読む>陣野俊史「山下澄人の魔法」

シチュエーションズ
佐々木敦・著

定価:1,750円+税 発売日:2013年12月12日

詳しい内容はこちら
<新刊を読む>山田亮太「私はいま、なにをしないではいられないか」
[週刊文春WEB] 青山真治「ジャンルを越境し、3・11を越境する批評集」


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